映画評「五人の斥候兵」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1938年日本映画 監督・田坂具隆
ネタバレあり

1938年の戦意発揚映画である。しかし、太平洋戦争開戦前でまだ映画作家も言いたいことがある程度言え、この作品からその思いは伝わって来る。単なる戦意発揚映画とこき下ろしてはなるまい。

本作は我が家のライブラリーにあるが、ビデオなので、大分マシである筈のプライムビデオにて再鑑賞。

北支戦線の前線。本部から連絡を受け、中隊を率いる岡田中尉(小杉勇)は、藤本軍曹(見明凡太郎)以下5人を、便衣兵が活動している地帯へ斥候に出す。
 予想以上の苦難の為にバラバラにさせられた挙句一人一人戻って来るが、木口一等兵(伊沢一郎)だけが戻らない。部隊長は懊悩し、同僚は居ても立っても居られない。諦観に覆われた頃、遂に一等兵は帰って来る。
 翌日には、敵陣占拠の為に彼らは出陣していかねばならない。

というお話で、確かにこの映画はそれを見る国民を奮い立たせるにちがいない内容である。とは言え、1938年の段階で良識ある【キネマ旬報】の批評家諸氏がそれだけの理由で本作を1位に推すわけがない(【キネ旬】で1938年度の第1位)。

この映画で原案を高重屋四郎名義で発案し、監督をした田坂具隆が見せたかったのは、戦地における軍隊の人間性である。
 ここで(戦意発揚映画として批判する人とは別に)また勘違いをする人が出て来る。日本無謬論の方は間違いなく “ほら、日本の軍隊は人間的だったんだよ” と仰るだろう。しかし、戦後日本で作られた戦争映画は殆ど反軍映画で、軍隊がいかにひどいところだったか代わる代わる説いた。戦場から帰った作家たちは同じことを文章に綴った。あれほど多くの方々が異口同音に言う以上それは本当であったであろう。

それを自虐的と仰る日本無謬論者はその論理においても間違えている。
 軍隊のひどさを説く作家たちは個人として日本軍隊の実態を訴えているだけなのだから、自分が国でない以上自虐などできようもない。それを自虐と言う人は間違いなく個人=国家と考える全体主義者である。部隊ごとや個人ごとに色々あり、確かに品行方正の人が少なからずいたはずだが、日本軍総体が素晴らしかったなどとは言うことはできない。

何が言いたいか言えば、この映画は “日本軍はかように素晴らしい” と言っているのでなく、軍隊はかくあるべしと理想論を打ち出している・・・ということである。田坂監督の他の作品を見て、僕は総合的にそう判断する。見る人が見れば、最後の出陣に空しさを覚えるにちがいない。単なる戦意発揚映画と貶めてはならない秀作である。

そのうち映画が始まる際に“撃ちてし止まん”という文字が入るようになる。

"映画評「五人の斥候兵」" へのコメントを書く

お名前
ホームページアドレス
コメント