映画評「ワンダーストラック」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2017年アメリカ映画 監督トッド・ヘインズ
ネタバレあり

キャロル」が素晴らしかったトッド・ヘインズの新作で、やはり僕が初めて彼に注目した「エデンより彼方に」に似たノスタルジーも感じさせる。ブライアン・セルズニックという作家の児童文学の映画化と聞くが、映画的な工夫がされていてなかなか大人向けの作り方になっている。

1977年(75年発表スウィート「フォックス・オン・ザ・ラン」が実際音として使われている)、ミネソタ州の少年ベン(オークス・フェグリー)が、母親を交通事故で失って孤児となり、引き取られたものの居心地の悪い従姉の家を離れて実家で調べ事をしていて母親の遺品に見出した番号に電話をかけると被雷、この事故により聾になる。従姉の協力を得て病院を飛び出した彼は、父親がいたらしいニューヨークへ一人向かう。
 一方、1927年聾の少女ローズ(ミリセント・シモンズ)が厳しい父親を避けて、有名女優である母リリアン(ジュリアン・ムーア)を求めてニューヨークへ一人赴き、その後兄の勤める博物館を訪れ、漸く平穏を得る。

この二つの物語が交互に綴られるが、やがて、後者が、ベン少年が父親を求めて訪れた博物館を経て辿り着いた本屋で出会った老婦人実は50年後のローズ(ジュリアン二役)が語る話であることが判って来る。彼女は少年の祖母であることは、言うまでもない。

趣向としては、77年の物語において、神が父親を探す少年を助けるべく雷や大停電という手段を講じるファンタジー的要素が目立ち、面白味がある。被雷により少年は聴力を失うわけだが、それにより27年の同じく聾のローズの物語と共鳴し合い、並行で語られる二つの物語が一体となっていくのである。

27年の物語は、映画界がサイレント時代であり、聴力のないローズの世界を表現する為にモノクロかつサイレント(サイレント映画は本来モノクロ)形式で綴るという工夫が為されている。同じ発想は既にあり全く独自とまでは言えないが、映画的なイマジネーションに溢れ、映画ファンの琴線に触れるものがある。

少年が求めているのは父親(の正体)だけでなく、友情(友人)でもあり、同じように友人を求めている少年ジェイミー(ジェイデン・マイケル)と、神様は互いに会わせる。二人の関係は副次的に生まれるものだが、神のプレゼントという感じではないだろうか。

終わってみれば、取り立てて異色と言える物語でもないのだが、並行してお話が進む構成に映画が我々観客をどこに連れて行くのかという、大いなる感興が潜んでいる。見せ方と表現に上手さがあると思う。

電話は時代感をよく表す。1950年代前半の「東京物語」では両親が病気を知らせる時に電話でなく電報が利用される。

"映画評「ワンダーストラック」" へのコメントを書く

お名前
ホームページアドレス
コメント