映画評「デトロイト」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2017年アメリカ映画 監督キャスリン・ビグロー
ネタバレあり

1967年、レコード会社モータウンに所属するアーティストが一番活躍していた時代のデトロイトが舞台の実話。

当時白人と黒人の軋轢が激しくなり、白人が中核を握るデトロイト市警察が黒人が営む違法酒場を摘発、これに怒った黒人市民が警察に石を投げ始め、暴動に発展して略奪や銃撃戦が頻発する。
 これを終息させようとミシガン陸軍州兵が派遣される中、市警のフィリップ・クラウス(ウィル・ポールター)は逃走する黒人男性を背後から撃つ。上司がこれは殺人だと決めつけた後も、クラウスは、モータウンのスタジオの近くにあるアルジェ・モーテルに宿泊していたカール・クーパー(ジェイスン・ミッチェル)が悪ふざけでスターティング・ガンを州兵に向けて発砲したのを実弾と勘違いし、狙撃手を逮捕すべくモーテルに乗り込むや、過剰な取り調べを繰り広げる。
 黒人警備員メルヴィン・ディスミュークス(ジョン・ボイエガ)は官憲と宿泊者たちの間に入り事を穏便に済ませようとする努力も空しく、無辜の黒人三人が死亡し、白人女性も暴力を振るわれる。
 北部とは言え、白人優位社会であるアメリカであることに変わりなく、積極的に自白した部下二人と共に彼は無罪放免になり、そこにたまたま居合わせた人々は多かれ少なかれトラウマを抱えることになる。例えば、R&Bグループ、ザ・ドラマティクスのリード・ボーカルだったラリー・リード(アルジー・スミス)はグループを離れて教会のゴスペル歌手に転身、ディスミュークスはデトロイトとは別の土地でやはり警備員を続けているそうだ。

現在では人権意識が高まり半世紀前ほど白人が我が物顔ができなくなっているとは言え、アメリカにおいて人種・民族差別は依然現存する。逆に言うと、だから、この逸話が今掘り起こされたのである。しかし、それも長くない。何となれば、四半世紀後には白人が人口構成比で半分を割り、有色人種が協力し合えば大統領以下権力者の多くが有色人種となる公算が高いのである。

映画として圧巻なのは被捜査側にとって極限状況に近いモーテルでの捜査模様で、圧倒的な恐怖感をもって進行する。緊張感、緊迫感と言うより、そこに身を置くような恐怖である。社会派映画としてもさることながら、恐怖映画として立派に通用する。緊迫感や恐怖の醸成に長けている監督キャスリン・ビグロー実力発揮の一編と言うべし。

1960年代がポピュラー音楽のピークではないかとさえ思う。ビートルズに代表されるロックがあり、シュープリームスに代表されるモータウン・サウンドがあり、歌謡曲も充実していた(歌謡曲については昭和40年代と言う方が正確)。

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