映画評「スリー・ビルボード」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2017年イギリス=アメリカ合作映画 監督マーティン・マクドナー
ネタバレあり

アイルランド出身の監督マーティン・マクドナーは「セブン・サイコパス」でクエンティン・タランティーノ(とコーエン兄弟)的な世界を作り上げていたが、今回はタランティーノよりぐっとコーエン兄弟的である。

ミズーリ州のエビングという町(架空)。娘をレイプされた上に焼き殺された母親フランシス・マクドーマンドが、事件から7ヶ月経った今も犯人が捕まらぬ現状に警察の捜査が生ぬるいと怒りをこらえ切れず、3枚の看板を事件の起きた道路沿いに出す。
 名前を出された署長ウッディー・ハレルスンは末期の膵臓癌を患っている為、町民はこちらに同情的。闘病で家族を苦しめるのは辛いと猟銃自殺をするが、これを早合点した部下サム・ロックウェルが看板屋を営む青年ケイレブ・ランドリー・ジョーンズを二階から突き落として重傷を負わす。
 その後看板が焼かれる事件も起きる。今度はフランシスがロックウェルがやったものと早合点をして警察署に放火する。前の事件で既に首になっていたロックウェルが現場に居合わせて火傷を負う。フランシスは懸想してくる小人ピーター・リンクレイジの偽証に救われるが、彼の恩に報いる気はない。
 ロックウェルは酒場の内緒話を聞いて得意げに話している男を事件の犯人と思い込むが、自ら負傷してDNAを採取する努力も空しく男はイラクに派遣されていた為無関係と判明する。しかし、彼はフランシスに“レイプ魔であることには変わりない。成敗しよう”と声をかけ、二人で男の家を目指す。

というお話だが、二人が実際に男の家まで行くかどうか解らないまま映画は終わる。この作品のテーマを考えれば、この結末で正解であろう。映画を余り見慣れない方々は、結果のないこの結末に不満たらたらであるが、よく考えられたい。本作は怒りと怒りのコントロールを描く作品である。登場人物の殆どがこの経過を辿っている。
 端的なのは、ジョーンズ君が同室になった火傷男が自分を突き落としたロックウェルと知って怒るが、謝る彼にオレンジ・ジュースを出すというシーン。そして、ロックウェルが謝る伏線となるのが生前署長が彼に出した手紙である。或いは、看板を焼いた真犯人である元夫ジョン・ホークスが今交際している19歳の少女サマラ・ウィーヴィングが“怒りが怒りを来す”と言うのを聞いてフランシスが落ち着くという箇所もそれである。その流れを考えれば、かなりの確率で二人は途中で道を引き返す。しかし、二人の行動の理由が怒りでなく、反目し合っていた彼らが真の悪者を罰するという一致点を見出したというのであれば、最後まで行くかもしれない。いずれにしても、この映画が実際に終わらせたところ以上に描くと余韻を犠牲にすることになる。

興味を喚起し続ける着想が抜群で、全編怒りに覆われながらそこはかとないユーモアが滲み出ているのが大いによろしい。
 演技陣も充実、なかんずく実力派フランシス・マクドーマンドは、アカデミー主演女優賞に値する好演・熱演と言うべし。

コーエン兄弟の「ファーゴ」で一躍有名になったフランシスが主演しているからコーエン兄弟を感じさせるというのも事実。

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