映画評「シークレット・アイズ」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2015年アメリカ=イギリス=スペイン=南ア合作映画 監督ビリー・レイ
ネタバレあり

2008年のアルゼンチン映画「瞳の奥の秘密」の映画評で、“そして、またアメリカがリメイクを作る”と予言した通りにリメイクされたアメリカ映画(合作)。しかし、主人公が作家であるという設定が変わっていたことと、耽美的なムードが希薄になっていた為に、鑑賞後に映画サイトでチェックするまでは全く気が付かなんだ。

2002年、検察局のテロ対策班と合流するためにロサンゼルスを訪れたFBIの捜査官キウェテル・イジョフォーが、若い女性の死体を見て絶句する。親しかった同僚の捜査官ジュリア・ロバーツの娘だったからである。苦労の末に捜査官家族のピクニックを捉えた写真から犯人を特定できたものの、男ジョー・コールがテロの情報屋だった為に釈放されてしまう。
 その失意のためFBIを引退して警備会社に勤めていたイジョフォーは、13年ぶりに同地を訪れ、当時も関わり現在女性検事として活躍するニコール・キッドマンを訪れ、コールを発見したと報告、男を逮捕すべく色々と画策する。

骨格としては女性の殺人事件の犯人を捕まえようとするお話であるが、展開するに連れてイジョフォーが13年も犯人を追っていた理由が判明すると共に、彼のニコールへの深い愛情が浮かび上がってくる、という仕組み。
 彼の愛情は一貫して通奏低音的に扱われているが、オリジナル作品が真に描きたかったのはこちらの愛情であったことが伺われたことを考えると、このリメイクもそれに準じているような気がしてくる。彼が13年間も犯人を追っていたのは、被害者との約束を反故にしたことで事件が発生したという罪悪感からであると同時に、その贖罪をニコールへの愛情の代替としていたのではないかと推測できるのだ。しかし、全くはっきりしない。はっきりしないのが余韻になると考えられなくもないとは言え、左脳人間には物足りない。

左脳人間と言えば、現在と過去とが非常に解り難くなっているのも気になる。オリジナルにも同じ問題があったので、これも倣った結果なのだろうが、かの作品の過去が小説の中身という扱いであるため言い訳ができるのに対し、本作は単に解り難く、映像の調子を変えるなどの工夫が必要だったと思う。まあ、現在の作品はわざとそういう風に作る傾向がありますが。

文句を言っている割には点は良いのだ。

"映画評「シークレット・アイズ」" へのコメントを書く

お名前
メールアドレス
ホームページアドレス
コメント