映画評「蜜のあわれ」

☆☆☆(6点/10点満点中)
2015年日本映画 監督・石井岳龍
ネタバレあり

WOWOWが邦画に傾いている為昨年度は邦画の鑑賞が無用に増えてしまったのを反省して今年は少し抑える腹積もりである。本作は、原作者が室生犀星ということ一点のみで観ることにした。

犀星その人に他ならない老作家・大杉漣の前に、飼っている金魚が少女・二階堂ふみの姿になって現れてコケティッシュな魅力を振り撒き、これに生前作家を目指して彼に思いを寄せていた女性・真木よう子の亡霊が絡む。
 彼が第三の女性・韓英恵と交際しているのを知ると、金魚と亡霊は同病相憐れむ関係となり力を合わせて作家に対峙するが、亡霊は作家の思いの程を、金魚は作家の創作による存在の限界を知って去っていく。老作家は孤独に陥る。

映画としては、内田百閒の幻想小説「サラサーテの盤」を「ツィゴイネルワイゼン」として映画化した鈴木清順の境地に近く、幽玄さが足りないが、彼の作風を意識したような部分もあって面白い。カメラでは、金魚屋の場面でアントニオーニよろしく周囲をぐるぐるする箇所が目を引く。石井岳龍という監督はなかなか面白いなと思っていたら、もはやベテランの域にある石井聰互の別名であった。

文学的な解釈をすれば、現実を突き破ることのできない小説家としての限界を、金魚の擬人化という逃避手法で打破しようとする老作家即ち犀星の苦悩を描き、同時に、その底にお妾さんの子供という出自による犀星の憂鬱が沈潜していることを漂わす。それ故の色っぽい幻想と言って良い。室生犀星のことを少し知っていれば、こういうことに思いを馳せることになる。

わが群馬県が生んだ大詩人・萩原朔太郎との関係が出て来て、交際している女性が群馬出身で、老作家が「群馬県人は小うるさい」旨つぶやき、彼が朔太郎をどう思っていたか分るのが興味深い。犀星が追い付かない存在として認識していた芥川龍之介との幻影場面もなかなか面白い。芥川を演ずる高良健吾はなかなか感じを出している。

鈴木清順との比較では、華麗な幻想譚「ツィゴイネルワイゼン」には大分及ばないが、幻想的伝記映画「夢二」なら大差がないのではないだろうか。

犀星を演じられる男優はかなりいるが、金魚を演じられる女優はそうそうはいない。二階堂ふみ、畏るべし。

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