映画評「ロビンとマリアン」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1976年イギリス映画 監督リチャード・レスター
ネタバレあり

約40年ぶりの再鑑賞。
 40年前二度とスクリーンでお目にかかれないと思っていたオードリー・ヘプバーンが帰ってきた。それだけで観に行ったファンが多かっただろうと思う。当時47歳だったが、痩身の人だけに老けるのが早かったのは事実。しかし、皴があっても、オードリーは美しいと思った。今回も恋人たるロビン・フッド(ショーン・コネリー)と再会する場面には当時のファン心理を重ね思わず泣けてきましたよ。

付き従ってきたリチャード獅子心王(リチャード・ハリス)が死んで、碌でもないジョン失地王(イアン・ホルム)が王位に就いたことに耐えきれず、ロビンは親友リトル・ジョン(ニコル・ウィリアムスン)と共に故郷のシャーウッドの森に帰って来る。恋人のマリアン(オードリー)は今や尼僧院長で、聖職者狩りをしている悪代官(ロバート・ショー)と求めに応じようとするところへ、ロビンが現れて彼女を連れ去ってしまう。彼は、代わりに他の尼僧たちが幽閉されれば、街まで出かけて奪還する。
 が、それが面白くないある貴族は失地王に願い出て代官にロビン一味を仕留めるように仕向ける。味方が農民だけで頼りにならないのを知るロビンは代官との一騎打ちを申し出るが、結局重傷を負う。それを目撃したマリアンは自ら服毒した後毒を与える。ロビンは死ぬ前に矢を放ち、「落ちたところに二人の墓地を作ってくれ」とリトル・ジョンに遺言を残す。

映画などで扱われるのは青年期のロビンたちであるが、本作では40代である。現在で40代と言えば中年の走りくらいだが、寿命が50年くらいであったろう当時の感覚であれば老齢と考えて良く、監督をしたリチャード・レスターらが考えたのは、高齢化社会が意識され始めた1970年代における老人問題ではなかったのか。
 最後に映し出される腐りかけたリンゴは老人を示しているはずで、「腐っても鯛」ならぬ「腐ってもリンゴ」たる高齢者のロマンスを素敵に見せてくれた。ロビンの放った矢が天に消えるように見えるのもパラダイスを想起させ、悲劇的な幕切れでありながら、幸福感を漂わせる。夢を追い求めて必ずしも実現できなかった人間がたどり着く境地のようなものをも感じさせる。

人口に膾炙したロビン・フッドの物語を使ってそういうテーマを扱う必要はなかったかもしれないが、有名な素材であるからこそテーマを深めることが出来たとも言える。好悪に左右されるレベルの問題で、正論はなさそうだ。序盤の扱いをリアルにしたことが、半ばファンタジーになる中盤以降に実感を持たせる結果に繋がったと思う。

ビートルズ映画以来ご贔屓のレスターはやはり才人と言うべし。

ロビン・フッドをウィリアム(ヴィルヘルム)・テルと混同する日本人が多い。こちらは英国、あちらはスイスだよ。

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