映画評「紙の月」

☆☆☆(6点/10点満点中)
2014年日本映画 監督・吉田大八
ネタバレあり

八日目の蝉」の映画版が大評判を呼んだ角田光代の同名小説を吉田大八が映画化したサスペンス系ドラマ(ストレートなサスペンスとは言いにくい)。

バブルがはじけた直後の1994年、契約社員の渉外担当者・宮沢りえが、高額預金者の老人・石橋蓮司の家を訪れた際に孫の池松壮亮と出くわす。
 彼女は、出世コースにいる夫・田辺誠一と心底では上手く行っていない空虚感を埋める為か、自分に関心を持っているらしく尾けて来る彼と懇ろになる。その前に化粧品を買う為に客から預かったうち1万円を借りて支払ったことが彼女にとってはパンドラの箱を開ける行為に匹敵、そうした勢いも手伝って若者と懇ろになっただけでなく、彼が祖父が大学の学資も払ってくれないのに困っているのを見かねて、祖父の定期資金200万円を彼に回してしまう。これは定期の期限である2年の猶予で彼から返してもらう算段だから罪はまだ軽い。
 しかるに、こうした犯罪は得てして加速化していくもので、認知症の老婦人・中原ひとみが何も把握していないことを良いことに300万円を完全横領して、ホテルで豪遊、彼の住処であり二人の逢引きの場所でもあるマンションも買う。
 偽の証書等をこしらえる家まで借りて本格化していくうち、お局的事務系行員・小林聡美が調査して悪徳が発覚、同僚・大島優子との関係により口を塞がれていた次長・近藤芳正も計算高い彼女の寿退社の後、上司に報告する。かくして犯罪が明るみに出た彼女は、窓を粉々に砕いて逃走する。

主要の人物が全て登場するように書くとこんなお話である。【キネマ旬報】批評家で3位、読者で2位選出の話題作であるが、期待ほどにはピンと来ない。
 特に、ヒロインのキリスト教系中学校(若しくは高校)での寄付をめぐるエピソードと四半世紀後くらいの“現在”のエピソードとが深いところで結び合わされていない印象を受ける。
 少女時代の彼女は父親のお金をネコババするという悪を犯してまでも寄付をして相手に喜ばれる幸福に病みつきになったのではないかと想像されたので、“現在”においてツバメになった学生に資金を渡すのもその延長なのかと思いきや、実際には彼女がこれまでの人生から抜け出るきっかけを、デパートの店員に、同僚の大島優子に、ツバメの池松壮亮君に与えられ、一度その壁を超えると正に自由を求める猛者になるお話になっていくわけで、少女時代のエピソードがそれほど上手く機能しているとは思えないのである。

従って、彼女がどうやって国外に逃げたのかは定かではないが、逃避先のタイでかつて寄付をして喜んでもらった少年が成人して元気でいるのを確認して姿を消す幕切れも作者が思っている程にはピントが合っていないのではあるまいか。
 ただ、ヒロインが粛々と犯罪を重ねていくところに却って凄みがあり、演じる宮沢りえはなかなか好調。

ロートルには「ペーパー・ムーン」(1973年)のほうが解りやすい。ツバメの大学生も結局はお金に人生を狂わされる。人間は弱いもの、ということじゃね。

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