映画評「ランナウェイ/逃亡者」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2012年アメリカ映画 監督ロバート・レッドフォード
ネタバレあり

ロバート・レッドフォードの、監督としては珍しい正統的なサスペンスである。5年前の前々作「大いなる陰謀」辺りから少しそちら方面に興味を持ち始めたのかもしれない。

1970年頃ベトナム戦争反対の立場にあった過激派組織“ウェザーマン”は多くのメンバーが逮捕されるなどして自然消滅した形だが、30年前の銀行強盗殺人事件で追われるメンバーの一人である主婦スーザン・サランドンが自主直前にFBIに逮捕される。
 この事件に興味を覚えた地方新聞の記者シャイア・ラブーフが、FBIに所属する昔の恋人アナ・ケンドリックと接するうち、スーザンの弁護を断った弁護士レッドフォードが30年前の事件の容疑者として逃亡中の一人であることを掴む。FBIも掴んでいない特ダネである。

FBIの接近するのを察知したレッドフォードは、まだ11歳にしかならない娘(ジャッキー・エヴァンコ)を弟クリス・クーパーに預けて逃走を企てる。
 本作一番のサスペンスがホテルを舞台に繰り広げられるこの受け渡しシークエンスで、レッドフォードがまだホテルのいる中盗聴で情報を得たFBIが現れるが、彼は火災報知機を利用して脱出する。
 ここが一番のサスペンスであることは本作を観た大概の方が認めるところと思うが、監督レッドフォードは過剰になることを避け、しかもブチッと断ち切ってしまう。この辺が本作をサスペンスとして“盛り上がらない”とされる原因の一つと推測される反面、最近のハリウッド映画の平均的作品に比べて随分スマートと感じる。やりすぎないのが今時粋である。

このシークエンスの扱いが象徴するように本作はレッドフォードの持ち味と言っても良い抑えた演出で推移する。この作り方の控えめな味の良さが解らず、“盛り上がらない”と思うのはその方の“映画観”なので仕方がない。

さて、ラブーフが色々と調べていくうちに、元来平和主義である主人公が銀行強盗には絡んでいず、自首して自分の無実を証言してくれるであろう元恋人の同志ジュリー・クリスティーに会おうと娘を預けて逃走を開始したことが判明する。かつての同志(原題The Company You Keepの意味するところ)から色々と情報を集めたレッドフォードはジュリーと再会を果たすものの、彼女は彼の依頼を拒み、直後に彼は逮捕される。しかし、商売用のボートで逃走を開始した彼女は翻意して自首、これを以ってレッドフォードは釈放される。

という幕切れは、社会派作品として厳しさが足りないと思われる最大の原因であり、ここへの批判が多いのはよく理解できる。しかし、本作の眼目は、事件に絡んだ人間の描写であり人間関係なのではあるまいか。我々が勝手に社会派作品と思っているだけで、実は幕切れは肩透かしでも何でもなく、この映画の主題(人間関係)が明確に現れたものと僕は好意的に解釈したい。
 いずれにしても、そうした後味が感じられるのは確かで、ジュリーの翻意にしても僕らくらいの年齢になると何となく解ってしまう。30年間も活動していない余生もさほど長くないであろう人間の、昔の信念と人を不幸にすることの間におけるバランス感覚、実際的対応これなり。結局ここに出て来る同志たちはかつての信念を否定はしないものの、実際的対応の中に生きていて、それを最後に実行に移すのがジュリーということである。だから、僕は、かつて過激派だったという主人公の立場は劇を進める上での要素に過ぎないと思う次第。

思うに、本作の一番の疑問は、ラブーフ君がレッドフォードが何故一人で逃げるかと思い、それが次の展開解明の誘因となっていること。いかなる理由があろうと逃げる時に邪魔となる娘は連れていかないはずと考える我々の常識との間にズレがある。致命的とは言わないまでも、首を傾げさせるのは必定。
 また、過激派学生の30年後という設定を考える時、現在のレッドフォード本人が主人公を演ずるには年齢的に少々厳しいものがある。

ただ、僕はこの内容における、レッドフォードの大袈裟に走らない、スマートで端正な演出を大いに買うので、☆★を多くしたい気持ちを抑えられないのである。

イーストウッドはすっかりプロの監督になり、レッドフォードはいつまでも上手いアマチュア監督という気がする。

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