映画評「ラブリーボーン」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2009年アメリカ=イギリス=ニュージーランド映画 監督ピーター・ジャクスン
ネタバレあり

死んだ人間が語り出して過去に遡る映画がたまにある。ビリー・ワイルダーの「サンセット大通り」が代表的なところだが、本作は死んだ後のお話が中心となっているところが異色。

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14歳の少女シアーシャ・ローナンが隣人スタンリー・トゥッチに殺される。父親マーク・ウォールバーグは復讐に燃えて犯人探しに夢中になり、それが怖くなった母親レイチェル・ワイズは祖母スーザン・サランドンと入れ替えに家を飛び出る。父親が怪しむ前に妹ローズ・マッキヴァーは隣人を疑い始め、遂には証拠を発見、隣人は少女の死体を入れたボックスを埋め立て寸前の穴に投げ捨てる。三途の川で彷徨っている少女はこの様子を見、遂に家族の関係が元に戻るのを見届け、天国へ旅立つ。

プロット的に相当入り組んだお話をざっとまとめるとこんな感じになるが、本格的なサスペンスとファンタジー要素をかくも大胆に並列させつつ絡ませるという構成が相当異色である。似たところもある「ゴースト/ニューヨークの幻」がファンタジーと決めつけて良いのとは大分違って強烈な新鮮味がある。

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が、結局本作は“純文学”なのであって、大衆映画ファンたる僕が、ミステリー・サスペンスとしてぐっと面白くなる配置をしながらそうしていない作劇にモヤモヤしたものを覚えなかったと言えば嘘になる。
 一つ、ヒロインと感応するくらいセンシティヴな同級生を配置しながら犯人を割り出す活躍もせず、青春のトキメキも知らずに命を奪われた彼女に憧れの君とキスをさせてあげる(それがヒロインの最終目的ではあるが)だけの役目に終わってしまうのは何とも勿体ない。
 或いは、折角妹が証拠を発見したにも拘らず、犯人が社会的制裁ではなく偶発的に天罰もどきを食らうだけではどうもすっきりしない。その前のヒッチコックの「裏窓」よろしく妹が捜索中に犯人が近づいてくる場面のサスペンスが強烈なだけに余計に肩すかしを食らう。

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終幕。自分の肉体を探すヒロインは遂にそれが箱の中にあるのに気付くが、憧れの君とキスをしている間にその箱は誰にも見つけられない穴の底に消えてしまう。一般観客の立場からすれば残酷すぎる感がある一方、WOWOWで安藤モモ子女史(映画監督)が解釈していたように、文学的には彼女の魂が既にそこにないことを暗示しているのだろう。高級ファンにはワクワクする幕切れになっているのではないかと思う。しかし、大衆ファンたる僕はこの思わせぶりすぎるカットバックに相当イライラさせられた。作者とサスペンスの末のカタルシスを期待する一般的観客との間に大きな齟齬があるのである。

ピーター・ジャクスン、ホームランかと思ったら大ファール。

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