映画評「かいじゅうたちのいるところ」

☆☆☆(6点/10点満点中)
2009年アメリカ映画 監督スパイク・ジョーンズ
ネタバレあり

モーリス・センダックの絵本「かいじゅうたちのいるところ」は有名だそうであるが、絵本に疎い僕は初めて聞いた。ネットで調べてみたら、なるほど、我が町の小図書館にすら蔵書されている。
 それを「マルコヴィッチの穴」「アダプテーション」を作った異色映画作家スパイク・ジョーンズが映画化したのだからどんなものになるかと興味を湧かさずにはいられない。

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空想好きな8歳の少年マックス(マックス・レコーズ)は思春期の姉や優しい母親(キャサリン・キーナー)に構って貰えずいらつき、狼の着ぐるみを着て暴れた末に家を飛び出し、川辺の小舟に揺られてとある島に辿り着く。
 上陸してみると大きな毛むくじゃらの怪物たちが物を壊し合っているところに出くわし、「食べちゃうぞ」と言われ「自分は王様だ」と反応すると連中は打ち解けて来る。孤独な彼らはリードしてくれる王様を求めていたのだ。
 が、彼の指導の下砦を作った後その発言にブレがある為に怪物の心は離反してしまう。さあ、彼はどう関係を修復していくのでありましょうか。

というお話だが、ファンタジーというのは見せかけで、実際には少年の心象風景を映し出す映画である。それは手持ちカメラによる撮影という手法からも伺える。

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その為に見かけよりはずっと晦渋で、観る人によって多少内容の理解に差が出て来るような印象がある。
 僕は、この島は彼の内的世界で、ここに出て来るキャロル、KW、アイラ、ジュディス、ダグラスといった連中は彼の葛藤する様々な心象の現れと見なしたいのだが、この島が(彼の心の中に形成された)社会の縮図でキャロルが少年の分身という見方が一般的だろう。
 いずれにしても怪物たちとの付き合いの中で彼は他者と折り合いを付けることを憶えていく。それは心のコントロールに通ずるわけで、かくして少年は内なる(にある)殻を突き破り外なる母のもとへと帰って行くのである。

内省的で重苦しさを感じさせるところが多い作品なので、体調の良い時にご覧になるのがよろしいかと思う。

少年が怪獣を懐柔する晦渋な作品、てなところで如何?

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