映画評「ヴィーナス」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2006年イギリス映画 監督ロジャー・ミッシェル
ネタバレあり

「ノッティングヒルの恋人」「Jの悲劇」などと良い感覚を示してきたロジャー・ミッシェルの最新作はあっぱれな人生観照劇である。

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若い頃は大スターだったが今や死体役しか回ってこない老俳優ピーター・オトゥールは、前立腺の手術をした後にも拘らず、俳優仲間レスリー・フィリップスが持て余す姪の娘ジョディー・ホイッテカーに情熱を刺激されて連れ回す。彼女のほうも接触以外の行為を認めるが、色々と交換条件を付きつける。老優は彼女の希望を叶えてやり、二人で出掛けた海辺で命を全うする。

谷崎潤一郎の「瘋癲老人日記」にインスパイアされた作品だそうであるが、谷崎のねっとりした描写とは全く逆にからりと洒落っ気たっぷりに作られている。老人が英国紳士らしくジョークを飛ばし飄逸な態度で我々を魅了してくれるのが有難い。

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若い頃からプレイボーイだったのであろう、三人の子供と妻を置いて駆け落ちした過去がある。そんな若気も今や昔、過去の栄光を知る者も少なくなった老境に埋没する老人がジョディーの登場で回春し人生の残照を輝かす模様に、母親に追い出され大伯父にも毛嫌いされる彼女が老人により自分の存在価値に気付かされ他者に対して優しい目を持つようになるというお話が添えられる。

社会のお荷物と思われている人々にも情熱もあれば生きる価値もある、という作者の思いが伝わり、本人も気付かないまま互いの傷を舐め合っている二人に胸が熱くなる。

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数十年前に捨てたものの金銭的な面倒を見ている妻ヴァネッサ・レッドグレーヴをオトゥールが訪れる場面も素晴らしい。近く訪れる死を悟り、これまで悲しみと苦労を味わせた詫びの思いを込めてキスをし、それに素直に応えるヴァネッサの達観した表情に温かみと同時に切なさが滲む。名場面と言うべし。

オトゥールの老境の表現もお見事。

20年くらい前の森繁久弥ならオトゥールに負けない演技ができたでしょう。

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