映画評「夜霧の恋人たち」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1968年フランス映画 監督フランソワ・トリュフォー
ネタバレあり

フランソワ・トリュフォーのアントワーヌ・ドワネルもの第3作。
 故・淀川長治さんはジャン=ピエール・レオーがトリュフォーその人に見えると仰ったが、彼自身をモデルにしたドワネルものに主演し続けたので、それはトリュフォー・ファンに共通した思いではないかと思う。

前作「二十歳の恋」より6年後の製作であるが、映画の中ではそこまで時間が経っていない感じで、まず軍隊を追い出されたアントワーヌ君がホテルに勤務を始めるが浮気現場に探偵を導くへまをやらかして首になる。
 それが縁で探偵事務所に勤め始め、社員として内偵中に靴屋の夫人デルフィーヌ・セーリグに夢中になるが、いざ彼女が好意を寄せて来ると慌てて逃げ出し、今度はTV修理会社に勤める。これに入隊する前から彼と付き合っているクリスティーヌ(クロード・ジャド)が絡んで来て、彼女はわざわざTVを壊し彼を呼び出してやっと結ばれる。

昔のコメディー風に言うなら「アントワーヌ転職の巻」で、歌曲から戴いたタイトルからロマンティックな恋愛映画を想像した人は肩透かしを食うにちがいないが、実は二人の長い恋が如何なる展開をするか見つめた微笑ましいお話でもあります。
 主人公の性格が軽薄なのか純情なのかよく分らないところも面白い。

トリュフォーは僕が理想とする映画作りをするので、ご贔屓監督となっている。
 つまり、ショットは次のショットと呼応(レスポンスしまた連関)しあって初めて優れたシーンを構築し、シーンは次のシーンときちんと呼応しあって良い映画を構成するという映画作りだが、この作品でも後のショット若しくはシーンは前をきちんと受けているので、流れるように物語が展開していくのだ。
 トリュフォーのお笑いは、理に落ちないフランス流の中でも抜群なのだが、一見自由奔放のように見えて実はきちんとした文法に支えられているわけである。
 また、既に彼自身の青春を客観視してカリカチュアできるようになったトリュフォーは誠にたのもしい。と言っても彼の人生でこの青年と共通するのは軍隊での騒動くらいであるから、誤解なきよう。

ついでながら、この作品のタイトルバックでは68年に起きたシネマテークのアンリ・ラングロワ解任騒動に絡め、シネマテーク映写室の入り口が映し出されている。クリスティーヌが壊す前にTVが映していたのも解任騒動絡みのデモを扱ったニュースだったように思う。若借りし頃ここに通いつめたトリュフォーは一体どういう思いを抱いていたのだろうか。

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