映画評「疑惑の影」

☆☆☆☆☆(10点/10点満点中)
1943年アメリカ映画 監督アルフレッド・ヒッチコック
ネタバレあり

アルフレッド・ヒッチコック第29作。

東部で官憲に追われる未亡人連続殺人犯ジョゼフ・コットンがカリフォルニアの小さな町サンタローザに逃げて来る。優しい姉の一家がいるからであるが、叔父との再会を期待していた姪テレサ・ライトはテレパシーを感じる。まずは完璧な導入部と言うべし。
 二人の不思議な因縁を強く印象づけた演出が目を引く。即ち、一つはこの姪には叔父の名にちなんでチャーリーと名付けられていること、二人の最初の登場の仕方がベッドに寝そべっているカットであること、しかし、左右逆なのは、社会に対して不満を持つところまでは同じでも行動はまるで逆であるという暗示である。
 そこへテレパシーを感じる叔父の登場と相なる。

続いては、中盤真相に気付いた姪が叔父を追う立場になるが、追われる人間コットンが追うべき人物テレサを追う立場に絶妙に入れ替わり交錯していく辺りの面白さも抜群で、本作の超絶技巧には言葉を失う。
 静かな小さな街の平凡な一家を舞台にした設定を生かす為に華美な描写をほぼ完全に排しながら、完璧に計算されたカットを縦横無尽に繋いで、地味ながら完璧なサスペンスを醸成しているのである。
 コットンという人物の圧迫感を出すセミ仰角ショット、図書館で真相を知ったテレサの落胆を表わす斜め俯瞰ショット。絞殺で連続殺人を犯してきたコットンが姪の手をひねる、新聞を握りつぶす、といったカットの繰り返しによる圧迫、テレサがコットンを無言で脅迫する為のエメラルドの指輪(犯行の証拠)のアップ、等々。平凡な日常を一見平凡に捉えたようなカットの積み重ねにより心理的なサスペンスを構成している、という超絶技巧である。

構図も階段や歩道など縦の構図により重要部分を構成し、平行ショットでも縦の背景を置き、見事な統一感を出している。決して派手ではないので、他の有名作ほど騒がれない印象があるが、全てのカットがこれほど計算された作品は他のヒッチコック作品にもないと思う。

内容的には実は風変りである。姪は彼が犯人と知り恐れつつも、誰にも訴えようとはせず、静かに街を出ていくことだけを願う。叔父が元々好きであり、叔父(弟)を愛する母親を悲しませない為である。サスペンス映画としてはかなり異色であろう。

官憲は容疑者を二人に絞り、一時犯人と断定された東部の容疑者が死んだ為にコットンも安心し、意気揚々と階段を上る。しかし中段で立ち止まる。邪魔者が一人残っていたことに気付いたのである。仰角及びセミクローズでコットンの背中を捉える。一瞬にして全てを語る見事なカットだ。

少年期に交通事故に遭い、何故か社会(特に金持ちの老婦人)に対し歪んだ思いを抱く叔父に扮したコットンの悪役ぶりが見事で、悪役良ければサスペンス良し、という定説を証明する好演。先年亡くなったテレサ・ライトの、頭脳明晰だがどこにでもいそうなお嬢様ぶりも絶品。最大貢献者の一人である。
 日常生活におけるサスペンスという趣向を生かすべく、脚本に有名劇作家ソーントン・ワイルダーを起用したのも成功の一因。彼の代表的戯曲「わが町」の市民感覚が効果的に反映されているのである。

ヒッチの筆致 ここに達する 極致かな

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