映画評「エセルとアーネスト ふたりの物語」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2016年イギリス=ルクセンブルク合作映画 監督ロジャー・メインウッド
ネタバレあり

常連の浅野佑都さんのお薦め作品。

アニメ映画「風が吹くとき」(1986年)の原作者として知られる劇画家レイモンド・ブリッグズが書いた両親の伝記劇画をアニメ化した作品である。監督ロジャー・メインウッドと製作カミーラ・ディーキンは高畑勲監督「かぐや姫の物語」(2013年)のデッサンのような線に影響され、取り込んだようだ。

1928年のロンドン、彼の父親アーネスト(声:ジム・ブロードベント)が仕事の牛乳配達をする途中で、小間使いのエセル(声:ブレンダ・ブレシン)が二階から自分に向けて雑巾を振っていると勘違いしたことから恋が芽生えて結婚、数年の後38歳の高齢で一人息子レイモンド(声:ハリー・コレット⇒マクレディ・マッシー⇒ルーク・トレダウェイ)を生む。
 その直後ドイツでヒトラーが首相になってやがて戦争になり、息子を疎開させるのに愛情深い母親は特に苦悩するが、やがて終戦。
 戦後英国は順調に回復し、様々な文明の利器を享受する。
 息子は、高収入と縁のなさそうなので止めろと言う両親の思いに逆らって美術学校に進み、結婚した妻ジーンは総合失調症(実際にはこの時代、日本では精神分裂症と言った)の為に子供を持つことを諦める。
 孫を持てないことに失意を禁じ得ない母親エセルは老化烈しく入院するうち、愛するアーネストのことも認識できなくなり、程なく死去する。妻を失った喪失感の著しいアーネストも後を追うように亡くなる。

二人が亡くなったのは、アポロ11号が月面着陸した2年後の1971年だ。仲の良い夫婦は近い期日に亡くなることが多いが、この二人は典型か。
 我が家について。結婚59年にして母親が亡くなると、一年後に父親も亡くなった。姉さん女房の年齢関係もこの二人と同じく5歳差。という具合に、最後は両親のことを思い出してぐっと来てしまった。

この世界の片隅に」の英国版とも言われるが、あの作品以上にこの映画は平凡な人生だけが推移する。勿論戦争中の艱難辛苦は大変なものであるものの、それは彼ら二人だけのものではなく、ある意味当たり前の生活であったに過ぎない。本作も「この世界の片隅に」もその平凡な人生即ち普遍性を描いたことに価値があるのだと思う。

映画は第二次大戦以外にも戦争を背景にちらつかせ、時代の変遷を文明の利器の変化により見せているが、社会派として見せるというより、そこに夫婦の価値観の違いを示す手段のように感じられる。
 この二人の素晴らしさは、最終的に価値観の違いを認め合えるところにある。母親を多少疎ましく思う息子も両親の関係を見て次第に態度を和らげていったのではないか。

こうした対人関係は、ネット社会で意見や考えの違う他人を安易にそしりがちである現在、非常に重要になっていると思うわけで、穏やかな印象を覚えさせつつ本作は、そんな社会に対するちょっとした風刺を内包しているのかもしれない。終盤に見せる死生観はなかなか厳しいが、それでも心和む作品と言いたい。

「名探偵コナン」も悪くないが、日本のシリーズものは延々と続くので、数年前からWOWOWが注力するアニメ・シリーズは「ルパン三世」を除いて無視してきた。この手のシリーズ特集が多い為に今月も見るものが少ない。監督特集以外〇〇特集は有難迷惑である。「男はつらいよ」だけは全作再放送を願う。DVDで全作持っているが、ハイビジョンで欲しいので。

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この記事へのコメント

浅野佑都
2021年05月20日 19:00
映像が残っていて、現代にもっとも近い大戦争だった先の大戦を題材にした作品では、どうしても現実の俳優の演技では嘘っぽくなります。
まず、若者の顔つきからして違う・・。
これは、洋の東西を問わず致し方ないことで、心ある監督は、モノクロや粒子の粗いドキュメンタリータッチで撮影に臨むのが普通です。

しかし、アニメなら、自分が体験していない過去の時代のことがスッと入ってきますからね・・。
実際、この映画で、発案した防衛大臣の名を取ったという室内用防空壕などは細密な描写で、自分が中に入っているようにさえ思えました。

アニメといえば、SFかファンタジーが多かった黎明期から半世紀以上経って、宮崎駿の「トトロ」以降に出てきた作品は、現実から意味合いを抽出して絵にすることに力を注ぐようになってきています。
普遍的な人間の生き方、その漠然とした大海の中から掬い上げるのが小説ならば、アニメはそれを肉付けし復元する文化に成長したといえましょう。

>高畑勲監督「かぐや姫の物語」のデッサンのような

作画もですが、ボイスキャストもジブリ同様、ベテラン俳優を使っていますが、これはジブリよりずっとこちらが良いです。
特に、マイク・リー監督映画常連のブレンダ・ブレシン
彼女の演じた妻のエセルは、自分が奉公していた上流階級に憧れがあり「自分たちは労働者階級ではない」が口癖。
イギリスでいうposhな感じの発音で喋っていて、夫のアーネストは”下町風”のはずなんですが、残念ながら僕には違いがよくわからなかったです・・。
プロフェッサーにはご如才もないでしょうから、おわかりなのでは?

>母親を多少疎ましく思う息子
昔、「隣の車が小さく見える」というCMフレーズがありましたが、そんな微笑ましい見栄やエゴも含めて、すべて母性の成せる業でしょう・・。
我が子が世界で一番可愛いと思えばこそ、お産の痛みにも耐えられる・・。

すべての女性がマザー・テレサになるなら人類は滅んでしまいますからね(笑)

オカピー
2021年05月21日 13:03
浅野佑都さん、こんにちは。

>宮崎駿の「トトロ」以降に出てきた作品は、現実から意味合いを抽出して
>絵にすることに力を注ぐようになってきています。

そうですね。
 新海誠の極めて日常的な「秒速5センチメートル」を見た時に、アニメがこんなお話(ファンタジーではないもの)を作る理由のようなものを少し考えましたが、実写がCGを使って絵空事に走るのと入れ替わるような現象かなと漠然と考えました。
 しかし、その後日常的な内容のアニメを観る機会が増えるにつれ、浅野さんの仰るように、アニメだから描ける(日常の)現実感というものがあるというのも段々理解できるようになってきたように思います。

>普遍的な人間の生き方、その漠然とした大海の中から掬い上げるのが小説ならば、
>アニメはそれを肉付けし復元する文化に成長したといえましょう。

なかなか的確な指摘のような気がいたします。僕にはここまで言い得なかったなあ。

>イギリスでいうposhな感じの発音で喋っていて、夫のアーネストは”下町
>風”のはずなんですが、残念ながら僕には違いがよくわからなかったです

アーネストにしても所謂コックニーのような(僕ら外国人にも)下品に聞こえる発音やイントネーションではなかったですね。為に、僕も、それほど差を感じませんでした。
 マンチェスターの英語に苦労した甥なら、もっとはっきり違いが解るかもしれません。

>すべて母性の成せる業でしょう・・。

吾が両親は概して僕らのすることに口を挟まなかったので、原作者のように親を疎ましく思ったことはないのですが、仮にもう少しやかましかったとしても、その心情を理解できたように想像します。それができないようなら、映画の登場人物の心情など解るはずもないですから。