映画評「名もなき生涯」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2019年アメリカ=イギリス=ドイツ合作映画 監督テレンス・マリック
ネタバレあり

テレンス・マリック監督は最近まで非常な寡作であったが、近年は精力的に活動している。概して内容は純文学という以上に哲学的で、正確に理解するのはハードルが高い。その点本作はタッチは従来通りながら、実話に基づいた内容は解りやすいと思う。

1940年代、ナチス・ドイツに帰順したオーストリアの山村。農業を営む主人公フランツ・イェーガーシュテッター(アウグスト・ディール)は一度の出征から帰国後宗教的見地から戦争に疑問を覚え、召集令状に一応従うふりをして営舎に赴くが、ヒトラーへの忠誠を示す腕を上げるポーズ(ヒトラー宣誓)をしなかった為に逮捕され、聖職者の再三の懇願にも拘らず署名を拒否、死刑に処される。

イェーガーシュテッターは現在カトリック教会により聖人に次ぐ福者として扱われ、近年になってドイツも死刑判決を取り消したらしい。一人の男性の宗教的信念の貫徹が感銘を与えると同時に、戦争という悪を訴える社会派的な面があり、その枠の中で理解が終ってもなかなか良い映画になっていると思う。

宗教・哲学的な観点で人間を見つめる作品を発表し続けているマリックは本作で文字通り殉教者を扱い、旧作以上に宗教に接近した形である。
 そこで注目したいのが画面。彼はいつも通り広角レンズを用い、カメラを前進(時に空撮を併用)させる手法、あるいは極端な仰角・俯角による撮影(必ずしも極端なロー・アングル、ハイ・アングルを意味しない)を駆使する。人間の視野・視線とは明らかに異なる、この手法が神の眼を通した情景と感じさせて自ずと宗教的になり、その技術を分析する知識のない観客でもその辺りを感ずるにちがいない。

男性名の女流作家ジョージ・エリオットのいう、名もなき人々の小さな善行により世の中が悪が多少和らげられているという言葉がこの映画の訴えを物語る。映画の中で聖職者が “君の抵抗によって何が変わるのだ” と言う内容のアンチテーゼとなっているわけだが、ついでに、もしその主張が正しいのであるならば“彼を殺すことによって何が変わるのだ”と僕は言わなければならない。

既に実行に移された死刑を取り消しても何にもならないが、要は名誉回復ということですね。

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この記事へのコメント

モカ
2021年04月06日 11:16
こんにちは。

これは観たいリストに入れたままなのでそろそろ観ないといけません。

>この手法が神の眼を通した情景と感じさせて自ずと宗教的になり、その技術を分析する知識のない観客でもその辺りを感ずるにちがいない。

 「シン レッド ライン」を観た時、まさに知識のない観客を代表する私ですが、神の眼の存在を感じました。
 当時、「観たけれど・・・?」という人と話していて「私もよくはわからないけれど戦禍を見つめる神の視線を感じたわ」というような事を話した記憶があります。今もあの映画で思い出すのはその事だけです。
 私の場合はカメラアングル云々というよりは(その辺の事に鈍感なので)樹上の鳥の射るような視線に神の視線を感じたのですが・・・如何なもんでしょうか?
 

オカピー
2021年04月06日 22:36
モカさん、こんにちは。

>「私もよくはわからないけれど戦禍を見つめる神の視線を感じたわ」

そう思わせる映像でしたね!

>樹上の鳥の射るような視線に神の視線を感じたのですが・・・如何なもんでしょうか?

その通りだと思います。
補完させて戴くと、俯瞰(俯角)の場合は文字通り神の視線で、樹上や空を見るような仰角の場合は神を意識する人間を通す形での神の視線と思います。結果的には同じですが。