映画評「東京战争戦後秘話」

☆☆☆(6点/10点満点中)
1970年日本映画 監督・大島渚
ネタバレあり

プライムビデオから消える数時間前に鑑賞。

大島渚は苦手な作家であるが、創造的な作家であったとは思う。本作などアンチロマンで、よく解らないが、よく解らないなりに(或いはよく解らないので)面白い。

学生運動の中でも映像を残すことに活動しているグループのうち、フィルムに一番熱い思いを抱いている男子学生・後藤和夫が、預けたカメラで殺風景(名詞として使えるのだろうか?)ばかり撮っている同志に嫌気がさし、カメラを取り戻そうとするが、相手は逃げまくって遂にはビルから投身自殺してしまう。
 警察からやがて戻って来たフィルムを映してみると、やはり何と言うことのない風景ばかりが出て来る。後藤はこれを彼の遺書と思うのだが、何故か男の恋人であったはずの岩崎恵美子はそんな男は存在しないと言い張る。
 無力感に苛まれるうちに彼もそんな気がしてくると、今度は彼女はその反対のことを言い始める。やがて、彼が男(二人は名前を言っていたと思うが、ある時点から“あいつ”と統一して呼称するようになる)と同じように風景を撮り始めると、彼女は尽く邪魔をする。
 やがて彼は男が死んだビルに上ると、男と同じように飛び降りて死ぬ。そのフィルムを誰かが奪っていく。

つまり、円環するお話になっている。最初のうち“あいつ”は「ゴドーを待ちながら」のゴドーのような存在かと想像させるが、次第にこれが、学生運動において行き詰まり無力感を覚える若者の総体を示しているように思えて来る。誰でもないと同時に誰でもあるということである。正確には解らないものの、そういう面が絶対的にあると思う。

タイトルは、まだ進行中でありながら学生運動という戦争を後から語るという皮肉なタイトルで、戦争に掛けて「二十四時間の情事」(1959年)を思わせるムードを醸成したり、あるいは「去年マリエンバートで」(1961年)風の会話を繰り出したり、ニヤッとしたくなるほどアラン・レネに傾倒した作品であると感じる。

俯角・仰角を多用する撮影もバイタリティーいっぱいで、TV局主導で余りに商業映画的すぎる昨今の甘い映画に比べると何と映画マニアの心を打つことか。だから、素人俳優の棒読みが良いのだ。プロの俳優・声優でアフレコしたら・・・という意見は、本作が非商業映画的であるが故に、芸術論的に全く的外れ。芸術には未完成の美しさ・強さもあるのだ。

東京战争はヒロインが書く省略字体(中国の簡体字と同じと思う)。それで思い出すのが、勤めていた企業の総務部長だ。彼はよく崩して字を書いていたが、それを見て簡体字発明の流れを理解した。例えば、車を現代中国人よろしく车と書くのである。

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