映画評「シェイクスピアの庭」

☆☆☆(6点/10点満点中)
2018年イギリス映画 監督ケネス・ブラナー
ネタバレあり

ちょうどウィリアム・シェイクスピアの最初の戯曲「ヘンリー六世」を読もうと思っていたところ。
 偶然ではないが、本作は逆に最後の戯曲「ヘンリー八世」上演の際に主催するグローブ座が焼失した為劇作家を引退してロンドンから自宅に帰った後のシェイクスピアの晩年を史実に沿って紡ぐ。

自宅に戻ったウィリアム(ケネス・ブラナー)は、いきなり隣に現れた11歳くらいの少年に“僕の物語を書いて”と言われる。
 すぐに解るように彼は17年前に亡くなった息子ハムネットの幻影で、それが予言・暗示するように、作家が詩才を感じ、その為に庭を整理しようしている息子には謎があり、それが約14年放っておいた為に溝が生じていた妻アン(ジュディ・デンチ)や行かず後家の次女ジュディス(キャスリン・ワイルダー)と衝突するうち、明らかになっていく。
 ジュディス曰く、ハムネットには詩才などなく、彼女が放った言葉を字が書けない自分に代わり書き留めただけなのだ、そしてその死は父親からの見えざる重圧に苦悩した末の自殺であった、と。
 母親のアンが自殺を認めないのはキリスト教徒は自殺すると天国に行けないと信じられているからである。
 ウィリアムが事実を認めたことで、ハムネットが再び現れて感謝する。ジュディスも女癖が悪い男を夫に迎え、かくして一家に平和が訪れる。

原題はAll Is Trueで、シェイクスピアの紡ぐ言葉は全て真実という意味だが、これをこの映画で綴られたことは全て真実であると読めるように最後に出すところに英国らしい洒落っ気がある。

一種のミステリーとしても見られる作りだが、その解決部分に当たるジュディスの告白に、当時としては当然であった、現在まではびこる封建的な女性差別の問題を顕在化させている。

脚本をベン・エルトンに任せて演出に当たったブラナーは固定のカメラを使って堂々たる見せ方をしているが、冗長ではないにしても鈍重で、眠くなる人もいるかもしれない。しかし、固定で撮られた画面は非常に美しく、落ち着きのない作品の多い時代だけに、こういうどっしりした雰囲気と画面を楽しむのも良いと思う。

シェイクスピアは余りに短期間に優れた作品を多く出した。シェイクスピア他人説の中でも、大昔に聞いた、グループ説というのが興味深い。当時の有名哲学者フランシス・ベーコンを中心とした数名のメンバーが共同で作ったのではないかという説だ。

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