映画評「タッチ・ミー・ノット~ローラと秘密のカウンセリング~」

☆☆(4点/10点満点中)
2018年ルーマニア=ドイツ=チェコ=ブルガリア=フランス合作映画 監督アディナ・ピンティリエ
ネタバレあり

WOWOWのベルリン映画祭特集をぼつぼつ観ている。

昨日の4時間近い中国の長尺映画「象は静かに座っている」と表面的な面白さは大して変わらないが、映画祭最高賞を獲ったというルーマニアの新人女性監督アディナ・ピンティリエのこの作品は、場面の繋ぎ等独り合点が甚だしく、僕は全く買えない。

お話自体がよく解らず、ストーリーを自前で書く事にしている僕にはお手上げだったので、映画サイトを参考にして書きます。

ローラ・ベンソン(役名ローラ。その他同様。この人は実績のあるプロの女優。他は素人が多いと思われる)は他人に触れられることを拒否反応を示す中年女性で、病院で様々な障碍を持つ人同士のカウンセリングを目にするうち、無毛症のトーマス・レマルキスに惹かれ、やがて接触できるようになる。 

終盤に二人が交流するので、“やがて”以降は僕の解釈でござる。

障碍者、性的マイノリティを含めてマイノリティと分類される人々の性愛を主題にし、登場人物の一人に言わせているように、性的指向は言うまでもなく、性的嗜好に異常なものはないということが具体的主張のようである。

最後は映像と思っていたのが特殊の鏡であった、という観客向けの種明かし。この種明かしの心は、どうも、監督が、ローラはあなた(観客自身)ですよ・・・という意味を込めたものらしい。

例の問題発言の多い自民党女性議員の発言をめぐって、一作年であったか、性的嗜好と性的指向の区別が問題になりましたね。そう言えば、近年新聞の記事にまで定着した(本来 “作品世界” とでも言うべきところの) “世界観” は多分実際には“世界感”なのだろうと思う。例えば、ファッションショーに”世界観”などあるわけもないが、“空気感”に近い使われ方を考えると“世界感”なら何とか納得できる。“世界観”は作者には使えるが、作品ごとには使えない概念。作品を超えて通底していなければ、それは"世界観"とは言えない。

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