映画評「日日是好日」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2018年日本映画 監督・大森立嗣
ネタバレあり

時代は変わったもので、エッセイの類がドラマ映画として頻繁に映画化されている。本作は、エッセイスト森下典子の自伝的同名エッセイを、大森立嗣が映画化した、ドラマである。

二十歳の大学生・典子(黒木華)が家族とたまたま居合わせた従妹美智子(多部未華子)の発言から、知り合いの茶人武田先生(樹木希林)の下、従姉妹揃って仲良く茶道を習うことになる。人生の目標を定めがたい典子は何となく茶道に惹かれるものを覚え、積極的に就職し潔く退職して結婚し主婦の道を選ぶ美智子とは対照的に、無理しない人生の境地に気付いていく。

ヒロインは恋をしても結婚しない人生のうちに父(鶴見辰吾)を見送ることになるのだが、敢えて登場人物の茶道以外の私生活を殆ど描かない方法論でお話を成す。換言すれば、茶道の情景の狭間に彼ら特にヒロインの私生活を浮かび上がらせる作品である。

本作の作劇で凄いと思うのは、ヒロインが一期一会という茶道用語が生死に関わる概念であることに気付いた後に、父親の突然の死が出て来るところ。一般的な作品なら、父親の死にヒロインが後悔の念を深めるうちに一期一会の意味に気付くという順番にするだろうが、本作はその定石を敢えて外した。当初作劇的に疑問に思えたものの、頭の中で反芻するうちに、“これは一期一会の概念を強める為に必要な順番なのである”と納得できた次第。

全体としての印象を語れば、佇まいの映画である。日本映画の外に、英国映画にもこの類の作品が作られる。例えば、先日読んだカズオ・イシグロの小説を映画化した「日の名残り」(1993年)など典型と言うべし。

日日是好日の意味についても少し考えてみる。その折々の変化に応じて自分の基準を変えていく禅宗的境地であろうか。変化に逆らおうとすればギャップにより人生は厳しくなるが、それに身を任せれば苦はない。そんな生き方を説いた言葉ではないかと思う。

日本の仏教は、儒教の影響を受けた中国仏教にさらに神道の要素を加えて成立したものだろう。だから、なまなかである。なまなかだからぎすぎすしない。これが良い。イスラム教におけるシーア派VSスンニ派のような争いは現在日本の仏教にはない。新興宗教は知らんが。

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この記事へのコメント

モカ
2020年05月15日 14:11
こんにちは。

>全体としての印象を語れば、佇まいの映画である。

 意地悪く言えば「佇まい」だけの映画?
 
 すっかり忘れていましたが、私、こう見えて(どう見えて?)
 表千家のお免状を何枚か持ってるんでした。

 お点前見るの久しぶり~ 

 冬は炉を切って雪見障子、夏は風炉に葦簀の障子、庭の蹲に、雨に打たれる八つ手の葉っぱ・・・甘露甘露・・・

 結構なお点前でございました。

 食い意地のはったモカは上用饅頭とお抹茶が欲しくなりました。買いに行ってきます! 

  それより茶筅を探さないと・・・(泣)

 (読み返したら恥ずかしいですね。
先生は禅の境地にまで考えが及んでいるというのに、饅頭か!)
モカ
2020年05月15日 20:40
追記です。

思い出しましたが、お茶って回し飲みするんですよね。
映画では初釜の時、金彩茶碗で濃いお茶を練ってましたけど、あれは濃茶といって、4人分ぐらいかな?を一つの茶碗でたてて回し飲みします。
もちろん、口をつけたところは懐紙で拭って、少し回してからお隣に回すので同じところからは飲みませんが。
お薄は一人で一回で飲みきりますけど、茶碗は使い回しです。
飲んだら亭主が軽くゆすいで茶巾で拭くだけだったと思います。
コロナの時代には怖い話です。

昔の記憶なので違ってたらすいません。


オカピー
2020年05月15日 21:39
モカさん、こんにちは。

>意地悪く言えば「佇まい」だけの映画?

エッセイの映画化というのは、概してお話に芯がないので、そういう印象になることが多いですね。しかし、洋画も邦画も似たような作品ばかりの中で、大変有難味がある作品でした。

>表千家のお免状を何枚か持ってるんでした。

ほーっ、こりゃびっくりだ(「水戸黄門」うっかり八兵衛風に)。
僕は、袱紗のさばき方を見るだけで気が遠くなりました、ややこしいわい。
ところで、コーヒーにはお点前はないのでしょうか(笑)。

>食い意地のはったモカは上用饅頭とお抹茶が欲しくなりました。

よかよか(モカモカではないですよ)。やはりお茶には和菓子。
 大昔、和菓子屋の娘と結婚直前まで行きました。もし結婚していたら、今頃和菓子を作っていたかもしれません。で、「コロナで客来ねえな」なんて言っていたかも。
「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」を含め本のシャロン・テートものを続けて観ましたが、全部“たられば”が絡んでいましたので、そんなことを思ったわけです。

>濃茶といって

四十何年か前に女子高だった姉貴の高校の文化祭へ行き、茶道部でどろどろしたお茶を飲みましたが、あれが濃茶だったのかな?
モカ
2020年05月19日 15:20
こんにちは。

>僕は、袱紗のさばき方を見るだけで気が遠くなりました、
 
 覚えてしまえば究極にシンプルで理にかなった所作・らしいです。
 
>ところで、コーヒーにはお点前はないのでしょうか(笑)。

 街中には観光客受けを狙ってか、カウンターで着物姿でお茶のお点前のようにコーヒーを立てるのを売りにした店があったようですが、地元民は行かないだろし潰れたでしょうね。
 コーヒーと茶道に共通しているのは「の」の字を書く所でしょうか? 

映画に話を戻しますが、フェリーニの「道」をキーワードっぽく使っていましたが、海辺のシーンは?でした。
「道」のラストシーンとリンクさせてるつもりなんでしょうけど逆効果だわ。大事にしている映画なので、使いこなせないなら出してほしくなかったです。

オカピー
2020年05月19日 21:31
モカさん、こんにちは。

>コーヒーと茶道に共通しているのは「の」の字を書く所でしょうか?

な~るほど。やはり何かそういうものがあるのですね。

>「道」のラストシーンとリンクさせてるつもりなんでしょうけど逆効果

確かに余りピンと来なかったですね。
 今日見たゴダールの新作「イメージの本」の本にも一秒ほど「道」が出てきました。