映画評「竜馬を斬った男」

☆☆★(5点/10点満点中)
1987年日本映画 監督・山下耕作
ネタバレあり

時代小説家早乙女貢の同名短編小説を山下耕作が映画化。
 坂本龍馬を扱った小説・映画・TVドラマは色々あるが、彼を殺したと言われる人物の一人・佐々木只三郎を主人公にした点が異色である。

佐幕派の会津藩士・只三郎(萩原健一)は、浪士組組織に奔走するが、そこから分派した尊王攘夷派の有力者清川八郎を暗殺した後、愛妻八重(藤谷美和子)を江戸に残す形で京都に派遣されて見廻組を組織、長州・薩摩の同盟阻止に奔走すると共に、佐幕派の立場にある人間として、大いに目障りな改革派竜馬(根津甚八)を倒すことを念願とする。
 他方、只三郎の許嫁ぬい(中村れい子)を奪った会津時代の知人の尊王攘夷派亀谷喜助(坂東八十助)とは腐れ縁的な憎悪関係にある。

両者の間でセンチメンタルで濃密な女性関係が呼応することを考えると、公的な部分以上に、こちらの言わば彼の私生活に当たる部分に、原作者もしくは製作側或いはその両方は主眼を置いたのではないか、という気がする。

公的な部分はWikipediaに書かれている佐々木只三郎の行動とほぼ一致し、概ね史実らしい。私生活の部分は作者側の想像によるものだろう。
 ショーケンこと萩原健一を起用したことから想像するに、感情が起伏が激しく狂的な部分を持ち合わせたキャラクター造形が考えられていたはずで、その狙いは十分上手くはまったと思う反面、彼はやはり現代人の空気を背負っている印象が僕には濃厚である為、時代劇はどうもしっくり来ない。

恐らくは脚本の問題であると思うが、場面と場面とがぶつ切り的でうまく繋がっていないのが最大の欠点。ぶつ切りでも先日のアメリカ映画「レディ・バード」のようにスケッチとして扱えるケースでは可だが、お話の連続性が重要な時代劇ではノッキングしている車のような感じになる。その弱点を克服しなかった若しくは出来なかった山下監督も責任を免れないだろう。

亀谷が死ぬ前に只三郎に怒鳴って言う「本当は好きだった」は、同性愛の告白ではあるまいよ。史実として残っているなら別だが。

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