映画評「メアリーの総て」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2017年イギリス=ルクセンブルク=アイルランド=イギリス合作映画 監督ハイファ・アル=マンスール
ネタバレあり

邦題は「イヴの総て」を意識しているが、このメアリーとは「フランケンシュタイン」を18歳で書いたメアリー・シェリー(シェリー夫人)のこと。その伝記映画である。英国文学がお好きな方には結構楽しめるのではないかと思う。

無政府主義者の作家ウィリアム・ゴドウィン(スティーヴン・ディレイン)と初期のフェミニストとして有名なメアリー・ウルストンクラフトの長女メアリー(エル・ファニング)は本屋も経営する父に似て作家志望、保守的な継母とはそりが合わないが、彼女の連れ子の妹クララ(ベル・パウリー)とは仲が良い。
 継母との関係もあってスコットランドに出たメアリーはそこで新進の詩人パーシー・シェリー(ダグラス・ブース)と昵懇の間柄となる。急遽ロンドンの実家に戻った彼女を追いかけるようにシェリーが家を訪れ、ゴドウィンに弟子入りする。が、二人の仲が不興を買って半ば追い出される形で家を離れたメアリーは姉を慕うクララを伴って三人で暮らし始める。
 やがて、既に大御所詩人だったバイロン卿(トム・スターリッジ)と懇ろになってその子を宿していたクララの許に彼から手紙が届き、三人はバイロン卿をスイスはジュヌーヴに訪れる。

かくして起こるのが、英国文学史上に名高く、「ゴシック」(1986年)や「幻の城」(1988年)でも扱われたディオダティ荘の怪奇談義である。本作は怪奇志向ではないから、あの二つの作品のような怪奇色はなく、監督がサウジアラビア出身の女性監督ハイファ・アル=マンスールであることもあって、理不尽な女性差別がかなり重要な要素として扱われている。
 本作が作られる約200年前の出来事で、今でこそ女性の自由や権利が男性に限りなく近づいている英国も、当時については現在のイスラム圏を強く批判が出来ないレベルであったと痛感させられる。サウジの女性として初めて映画を作った監督としてはメアリー・シェリーの奮闘に共鳴するものがあった筈である。

さて、その場で着想され長編小説として結実したのが、一つはバイロン卿の同性愛の相手とも言われる主治医ジョン・ポリドリ(ベン・ハーディ)による「吸血鬼」、一つがメアリーの「フランケンシュタイン」である。
 メアリーは単独で書き上げたのにシェリーの作と疑われたり、(当時女性は文学を為せないと男性社会は決めつけていたので)匿名で出版せざるを得ないなど理不尽な目に遭う。しかし、彼女が不信感を抱いていた破滅型に近いシェリーが父親の書店で実の作者名を明らかにし、三刊目にして初めてメアリー・シェリーの名前が作者として載るのである。
 これには二人が知り合った頃既婚者であったシェリーの正式の妻にもなったという意味もあり、二重の感動性が含まれている。

シェリーもバイロンも女性側にしてみれば感心できない人物であるし、男性社会にあってメアリーのような確固たる目標を持つ人物は孤独に陥る。それが孤独なフランケンシュタインの怪物に投影されている・・・だけでなく、僕は無神論主義者が跋扈するこの作品の中で、彼女がSF的恐怖小説の嚆矢とも言うべき作品を生み出す姿に、神に等しい存在であるフランケンシュタイン博士と通じるものを感じるのである。メアリー・シェリーは、フランケンシュタインでありその怪物でもあった、即ち創造主であると同時に被創造者である、という見せ方のように思える次第。

作り方は優等生的で不満に覚える人が多いと思うが、僕は大いに楽しんだ。

「嵐が丘」のエミリー・ブロンテは当初男性名で発表したし、もっと後のジョージ・エリオット、フランスのジョルジュ・サンドは生涯男性名で通した女流作家である。当時の書物を読むと“女性には文学が出来ない”という議論がよく出て来る。しかし、実際には、最近の芥川賞受賞者を見ても男性と同じくらいか、女性のほうが多いという印象すらある。とんでもない偏見だったね。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント

2020年01月16日 09:40
おととしの年末に映画館へ観にいったのですよね。
エルちゃん出演なので…。
メアリーがどうやって作品を生んだのか、という興味もありました。

けっこう好きでしたが、好き度を星3つ半にしたので、年間マイベストだとベストテン入りはしませんでした…。
オカピー
2020年01月16日 22:06
ボーさん、こんにちは

>メアリーがどうやって作品を生んだのか
古典文学に興味がある人に“ディオダティ荘の怪奇談義”は有名なのですが、そこに至る彼女の経験、例えば母親を出産時に失ったり、娘をすぐに失ったり、蘇生実験を目にしたり、という経験が合わさって、「フランケンシュタイン」を生んだというのが解って面白かったですね。

>年間マイベストだとベストテン入りはしませんでした…。
そうですねえ、僕はベスト10入りするにふさわしい☆4つですけど、文学史的興味でつけたところも多いですから、【1年遅れのベスト10】に入るのは厳しいかもしれません。
モカ
2020年04月20日 17:36
こんにちは。

ハードディスクの残が10時間を切ってしまい、U-nextを見ている場合ではないとダビング物件を消化するべく、昨日鑑賞しました。

優等生的ですか? 面白く観ましたよ。

「フランケンシュタイン」は映画でしか知らなかったので、シェリーが詩人のシェリー夫人だとも知りませんでした。
 昔、本屋でみた文庫本の「フランケンシュタイン」の背表紙にはシェリー夫人と記載されていたような記憶があります。
 キューリー夫人もそうですが、いくら夫婦で有名人でも「夫人」はないやろ、と思っていましたが、さすがに最近はちゃんとフルネーム記載されていますね。
「フランケンシュタイン」を読みたくなりました。

 シェリーという名前だけは知っているのは、ストーンズのブライアン・ジョーンズ追悼コンサートでミック・ジャガーがシェリーの詩を読んだからで、あぁあのシェリーでしたかという事で、映画は色々お勉強になります。
 ミック・ジャガーにシェリーを読むように進言したのは影のブレーン、マリアンヌ・フェイスフルだと推測しています。
 彼女も新コロナに感染したらしいですね。悪化しなければいいんですが・・・

>“女性には文学が出来ない

 日本には「源氏物語」がありますね。
 
オカピー
2020年04月20日 22:36
モカさん、こんにちは。

>優等生的ですか?

今から思うと、正統派若しくは正統的と言った方が良かったかな。

女性蔑視が激しいサウジアラビア出身の女性監督の作品で、非常にうまくフェミニズムを絡めているため、メアリー・シェリーが出て来る過去の作品のような、ゴシック的或いは幻想的なところがなく、一応そういう表現を使ってみたのですが。

>いくら夫婦で有名人でも「夫人」はないやろ

世界中にあった女性を守るという名義の女性差別の一例ですね。昔の資料に当たっていると、サイレント映画初期までは女優の名前に夫人がつくことが多い。第一次大戦後くらいから意識が変わったように思います。

>日本には「源氏物語」がありますね。

紫式部も、清少納言も本名は分らない。紫式部は藤原氏、清少納言は清原氏ということは分っていますが、フルネームは分らないわけですね。
 悪霊などから女性を護る為とか、フルネームを名乗る必要はなかったから、などと言われていますが、実際はどうだったのでしょうかねえ。

日本には、女性は文学が出来ないという意識はなかったと思います。ただ、室町以降は女性の活躍は減っていきますね。歌人などに有名な人はいるにはいますが、平安・鎌倉時代に比べるとぐっと少ないです。儒教が強くなったせいもありましょうか。

>アンヌ・フェイスフル
>彼女も新コロナに感染したらしいですね。悪化しなければいいんですが

関連記事を読みましたが、それほどでもないのか、重症なのか、どちらとも取れる内容でした。心配ですね。
 医療関係者に向けてレディ・ガガが発起人となった企画で、ポール・マッカートニーが「レディ・マドンナ」を替え歌風に歌っているのを見ました。彼ももう高齢ですからねえ。外に出ずに頑張ってほしい。
浅野佑都
2020年04月21日 01:53
 >サウジの女性として初めて映画を作った監督

SF作品として原作の「フランケンシュタイン」を読んでいる僕からすると、肝心要の「ディオダティ荘の怪奇談義」の部分を、怪談話をせずにいきなり怪奇譚を作ることにしたという省略は不満が残りましたが、本作のテーマからすれば当然なのでしょうね・・。

なにしろ、36歳で夭折したあの天才バイロンやパーシー・シェリーも、この監督にかかったら女たらしでしかない(笑)

IMDbの評価はアベレージ超えてますが、ROTTEN TOMATOESが極端に低い評価なのはたぶん、史実とちがうからでしょうね・・。

宗教画や歴史画に史実とは異なる個人の創意が加わったり、奇人グレン・グールドがバッハの『ゴルトベルク変奏曲』をほぼ別物にしてしまったり、映画に限らず芸術分野ではオリジナルから逸脱することも”あり”でしょう。
要は面白ければ、史実に忠実なだけ伝記映画よりも上等。

>シェリー夫人
僕が子供のころ好きだったテニスの大立者で女性の権利向上を訴えたビリー・ジーン・キングは、夫は有名人でなかったけれど、「キング夫人」で通っていましたね(新聞の記載も同様でした)
威厳があり、内面の美しい女性を称して〇〇夫人と呼ぶ・・。そういえば、テニス漫画の「エースを狙え!」ではお蝶夫人なるカリスマ的な女子高生プレーヤーも登場。
これも、今の時代では反フェミニズムですかね?

 トラジェクトリー解析による各国のデータを見ると、日本のコロナ患者数はほぼ、ピークアウトしたといって過言ないんじゃないでしょうか?
ソーシャルディスタンスの浸透と、暖かく雨の多い日本の春の気候も幸いしている・・。東京のみ三桁の発生が続いてるようですが・・。
今後、紫外線の多い5月には、屋外での感染の減少が期待できますし、最もうまくいった場合、5月末にはいったん終息、となるのかも・・。
社会が活動してくれば、またぶり返すでしょうが・・。アビガンも病院単位では個人の自己責任で投与してると思いますし、
少なくとも、ノーガードでリングに立ってるわけではない。

1年、2年とコロナが続くというような海外の専門家たちは、人類の英知を信じない悲観論者なのでしょう・・。

罹っても軽くて済むというBCGワクチンの効果も、ワクチン未接種の西ドイツと接種国の東ドイツで、旧国境線上で患者数の多寡がきれいに分かれているのでオフターゲット効果のエビデンスはある・・。

でも、僕の場合は、若いころ肺炎をやっていてレントゲンではっきり影が映ってる(健康診断では要注意観察)ので、50年も前のBCGではちと心もとない(笑)
浅野佑都
2020年04月21日 04:38
 またやってしまいましたね(笑)23時台のコメントは無視してください!

追記ですが、コロナ関連死者4万越えのアメリカは、すでに経済活動再開の声が高まっていますね・・。
「Give me liberty or give me Covid(自由を!さもなくばコロナを」ってところですかね。
オカピー
2020年04月21日 22:41
浅野佑都さん、こんにちは。

>キング夫人

彼女がフェミニズム運動をやったのは、それも理由の一つだったのかもしれませんね。

>トラジェクトリー解析による各国のデータを見ると

僕は図表を見ても何が何だか解りません。

>少なくとも、ノーガードでリングに立ってるわけではない。

アビガンは、7月以降原材料を日本で大量生産し、ぐっと増産するようですね。
 また、特効薬も秋口には承認され、年末には大量生産できるとか、あるいはワクチンも大阪の大学が頑張って年末には数百万単位で作れることが解りましたね。一年半というのがほぼ半年くらいに短縮されたわけで朗報。この両方が出回れば、もはや自粛する必要もなくなってくるわけで、一時は危ないと思った来年のオリンピック開催にほぼ大丈夫と思えてきました。もう少し様子を見ましょう。

カリフォルニアで抗体検査をしたところ、実数より30~55倍の人が既に感染している可能性があるという報道を読みました。これを正しいとすると、現在でも致死率が0.5%くらいであり、薬ができればインフルエンザ並みに下がりそうですね。

>1年、2年とコロナが続くというような海外の専門家たちは、
>人類の英知を信じない悲観論者なのでしょう・・。

“ハーバード大から終息は22年という報告”という報道がありましたが、記事をきちんと読むと、ハーバード大の分析には“薬もワクチンもできなければ”という条件が付いています。週刊誌的にあおりますよねえ。

日本国内でも、厚労省絡みの学者が「“何もしなければ”42万人が死ぬ」と言っていますが、上で述べた致死率を考えると日本人が全員感染してもそこまで行くかどうかという数字ですし、オフターゲット効果というのが確かにあれば全然見当違いですね。それなりに自粛をしている段階で“何もしなければ”という表現を用いたのも首を傾げます。気を付けろというのが主旨でしょうけどね。
モカ
2020年04月22日 18:05
こんにちは。

>ただ、室町以降は女性の活躍は減っていきますね。歌人などに有名な人はいるにはいますが、平安・鎌倉時代に比べるとぐっと少ないです。儒教が強くなったせいもありましょうか

 儒教が強くなった、という事は結局武士の世の中になったという事ですよね。
 政治の実権をなくした宮中は予算も限られてきて、女官も実務に追われて日記くらいは書いたでしょうけれど物語を妄想するほどの時間が取れなくなったのかもしれませんね。
 滋賀県に紫式部が源氏を書いたといわれている有名なお寺(石山寺)に行ったことがあります。
という事は宮中で書いていたわけではないという事ですかね?
 引退後に書いた? バカンス中に書いた? (笑)
 



 
 
オカピー
2020年04月22日 21:57
モカさん、こんにちは。

>儒教が強くなった、という事は結局武士の世の中になったという事ですよね

そうですね。尤も、室町後期(応仁の乱)以降江戸時代初めまで、戦争に明け暮れたせいもあり、連歌以外の文学は精彩を欠く時代でして、男性陣も大したことをしていないのですが。

>滋賀県に紫式部が源氏を書いたといわれている有名なお寺(石山寺)

定説では、紫式部が皇后藤原彰子に仕えていた時代に書かれたことになっていますので、俗説の一つでしょう。石山寺で着想し、あるいは初めの部分を書いたということかもしれませんね。

しかし、関西は良いですね。色々伝説のある名所があって。滋賀は行ったことがないので死ぬまでに一度は行きたい(多分行かないけれど)。わが菩提寺の天台宗総本山の延暦寺もあることだし(笑)。
モカ
2020年04月23日 17:12
こんにちは。

>滋賀は行ったことがないので死ぬまでに一度は行きたい(多分行かないけれど)。わが菩提寺の天台宗総本山の延暦寺もあることだし(笑)。


一度は来て損はないですよ。是非是非どうぞ! 中山道で(笑)

北区の紫野が式部の生誕地と言われていて、綿矢りさの出身校の紫野高校というのがあります。




オカピー
2020年04月23日 21:11
モカさん、こんにちは。

>一度は来て損はないですよ。是非是非どうぞ! 中山道で(笑)

中山道ですと自動車ですかね。もしかしたら高速バスがあるかもしれません。

>北区の紫野が式部の生誕地と言われていて、
>綿矢りさの出身校の紫野高校というのがあります。

柴野かと思いきや紫野! 紫に縁のある人だったんですね。
浅野佑都
2020年04月24日 00:51
>紫野
万葉集にある額田王の超有名なあの歌
「あかねさす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや 君が袖振る」
この紫野とは違うのですかね・・あれは「(天智)天皇、蒲生野(かもうの)に遊猟しましし時、額田王の作れる歌」とありますので、近江宮だからやっぱり滋賀県?

平安時代の初めには、紫の草が一面に生えた文字通りの「紫野」だったでしょう・・。

>特効薬も秋口には承認-増産
オーストラリアのグループが使用した北里研究所由来のイベルメクチン・・臨床試験がまだですが100パーセント近い効果があるようなので期待できるのでは?

僕らと同世代の岡江久美子がコロナで命を奪われてしまいした・・かなりショックです。

彼女は風邪薬「ジキニン」のCM(初代は鳩山邦夫夫人になった高見エミリーでしたね)を長年担当していたので「直に治ってほしい!」と、切に願っていたのですが‥初期のがん治療による放射線で免疫が下がっていたようで力尽きてしまったのかな・・。
オカピー
2020年04月24日 21:16
浅野佑都さん、こんにちは。

>>紫野
>「あかねさす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや 君が袖振る」

浅野さん、古文に疎いと言いつつ、いくら有名歌とは言え、この歌がすぐに出て来るとは、なかなか隅に置けない(笑)。

浅野さんの仰る通り、蒲生野で詠んだとありますから、この紫野は近江にある一般の野原のことですね。これもまたご推察通り、紫式部のゆかりのある紫野もまだ固有名詞ではなかったかもしれません。

>イベルメクチン

明日のNHK-BS1で、コロナの薬・ワクチンに関する番組を放送するそうなので、見るつもりです。
 とにかく、コロナ終息(収束と書く人が多いが、終息のほうが正確)は薬とワクチンが量産されて少しした頃。と、今日僕がタクシー代りを務めているおじさんが“いつ終息するのかなあ”と言っていたので、答えておきましたよ。

>岡江久美子
>初期のがん治療による放射線で免疫が下がっていたようで

ガンになるタイミングが悪かったというしかないですね。ガンそのものは早期だったので治る可能性が高かったでしょうから、残念ですね。
 抗体検査の結果からコロナの致死率は0.1~0.2と考えているアメリカの研究機関もあるようで(これは僕の計算と全く一致。高くても0.5)、それほど怖い病気でないのでしょうが、免疫力の低い人々には手ごわそう。