映画評「フロントランナー」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2018年アメリカ映画 監督ジェイスン・ライトマン
ネタバレあり

1984年と88年の大統領最有力議員だった民主党上院議員ゲイリー・ハートの挫折を描いた実話である。何故昨年作られたかと言えば、2年後の20年に大統領選挙があり、アメリカ民主党が苦戦を強いられている現状があるからであろう。
 本作はジョージ・ブッシュ(父)が勝利する1988年の大統領選でのお話。

民主党の最有力候補となったハート(ヒュー・ジャックマン)は人権的な政策で人気を得ているが、一方で女性好きとの噂もあり、その辺りをワシントン・ポストの黒人記者に正攻法につかれる。これには上手く対応する。が、マイアミ・ヘラルド紙の記者二人がタレコミを基に彼が一人の女性と一つ家に入るのを目撃、スキャンダルとして報道したことから、紆余曲折の末に彼は世間の圧力に屈して候補を断念することになる。

というアウトラインは道徳(不倫)と政治家としての資格の天秤をめぐるお話。
 個人的見解としては、状況にもよるが、不倫は問題ではない。例えば、もの凄い暴力夫の妻がある男性に相談するうちに相談相手として以上の感情を持ったとして、彼女を責めることが正しいことであろうか? もしそれが正しいと思うなら、それは江戸時代並みの儒教思想と言うべきである。あるいは17世紀にアメリカに渡った清教徒並みである。

1988年の世論はどちらかと言えば彼の味方であった。64%がマイアミ・ヘラルド紙の取材を過剰と反応している。それでも彼は大統領選からリタイアせざるを得なかった。僕はその必要はなかったと考えるが、多分選挙には勝てなかったであろうとも思う。
 そして、そこに本作の主題があるだろう。現代の選挙とはイメージである、ということ。そのイメージはマスメディアの言い方・書き方次第でいとも簡単に良い方にも悪い方にも作り上げられる。それは本人の真の性格、真の実力とは関係のないところにある。それを利用するのも現代の政治家の手腕ということになろうか。

結局ゲイリー・ハートは大統領になれなかったものの、妻リー(ヴェラ・ファーミガ)の信頼を最終的に失わなかったという事実を考えると、イメージによらない真の姿を知るのはやはり家族であるという感を強くする。本作の主題には余り関係ないが、ホッとさせられるものがある。

イメージが大事なのは、芸能人も同じ。平成以降の、芸能人による尊敬語の氾濫は却って言葉の意味を薄める。我々庶民も皇族も同じような表現をされるということは、相対的に皇族への敬意を低めているような気さえする。

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