映画評「スターリンの葬送狂騒曲」

☆☆☆(6点/10点満点中)
2017年イギリス=フランス=ベルギー=カナダ=アメリカ合作映画 監督アルマンドー・イアヌッチ
ネタバレあり

西洋の本来の定義では、トラジディ以外は全てコメディであるから、本作は紛れもないコメディである。そこまで定義を広げなくても、本作の実在人物のみっともないドタバタぶりは諧謔要素満点である。陰惨な拷問や処刑等が出て来るからコメディではないというのは日本人的潔癖症の発露と言うべし。

“こういうのをコメディと言って楽しむ輩はサイコパス”というご意見も拝読したが、全然違う。バルザックが市井の人々の必死な生き様を描く一連の小説を【人間喜劇】と称したように、神の眼から見れば我々人間の営為など、どんなに悲劇的であっても喜劇なのである。本作は【名は体を表す】の内容。

1953年3月、ソ連の共産党書記長スターリン(エイドリアン・マクラフリン)が、後継者と目されるベリヤ(サイモン・ラッセル・ビール)、マレンコフ(ジェフリー・タンバー)、フルシチョフ(スティーヴン・ブシェミ)、ブルガーニン(ポール・チャヒディ)との晩餐の後、ピアニストのマリヤ(オルガ・キュリレンコ)のメモ書きを読んだ直後に倒れ、4日後に死亡する。

この段階で実にブラック・コメディ的な皮肉が二つ出て来る。一つはスターリンの叱責を食らうのが怖くて衛兵が部屋に開けようとせず、結局その為に手当てが遅れて死を早めたこと。もう一つは、スターリンが逮捕・処刑しすぎてまともな医師がいず、寄せ集めの医師団が診ざるを得なかったこと。前者は紛れもない事実。後者は極端であるにしても、実際に即している話であろう。
 本日読み終えた仏法奇談集「日本霊異記」が記すように、悪行は現世でも報いを受ける。自分のライバル、気に入らない人間を尽く抹殺し恐怖政治を敢行したスターリンはかくして自分の生命を縮めることになったのである。

やがて残った4人の間で後継者争いが生れ、国家警察を指揮するベリヤがリードするも、葬儀委員長に任命された微温的なマレンコフが僅か9日間の最高指導者を兼ねることになる。その間をしたたかに動くフルシチョフは他二人を味方に付け、警察が一般市民に威嚇発砲したことを理由に(これは実際とは違うらしい)、ベリヤにありもしない罪をなすりつけて死刑判決を下し、処刑してしまう。

映画だけを見ると短期間の出来事のように思われるが、実際にベリヤが処刑されたのはスターリンの死から9か月後の12月。

さて、倒れたスターリンのどの部分を誰がどう持つかといったところでドタバタするといった細かい点も馬鹿らしくて笑えるが、権力争いのドタバタこそブラック・ユーモアの極北。フランス革命後の恐怖政治ほど【昨日の淵は今日の瀬】的ではないにしても似たようなものでござる。

人間が本能的に持つ残忍さは現実の生活において笑えるものではない。しかし、どんな権力者とて、本能的に命を奪われたり、或いは立場を失うことへの恐怖を持っていたはずで、欲望が強い独裁者的人物であればあるほどその度合いが高いだろうから、そんなものの為にあくせくする為政者のドタバタを笑って鬱憤を晴らすことこそ人間的である。

英国の野党が極端な動物愛護を公約とするらしい。その中には日本の商業捕鯨だけでなく、競馬で馬に鞭を当てること、(例によって)蝦を生きたままゆでることの禁止といったものも含まれるらしい。動物愛護は良いが、極端すぎはしないか。

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