映画評「プレイス・イン・ザ・ハート」

☆☆☆☆★(9点/10点満点中)
1984年アメリカ映画 監督ロバート・ベントン
ネタバレあり

昨日の作品と関連付けられる作品なのだが、その共通因子は何であるか解る人はかなりの映画通でござる。どちらもロバート・ベントンの脚本作品ということ。但し「俺たちに明日はない」はデーヴィッド・ニューマンとの共作だった。本作は「クレイマー、クレイマー」(1979年)で俄然再注目され知名度が高まっていた後だけに僕は期待して映画館に行ったものである。自ら監督もしたこの作品も実に見事であった。

「俺たちに明日はない」とほぼ同じ時代のテキサス州。保安官の夫を酔っ払いの黒人少年に射殺されて拠り所を失ったしまった未亡人サリー・フィールドが、銀行から指摘された借金を返す為に家を売るか、他の手段を講じなければならなくなる。愛着のある家を売るのは何とも避けたい。
 そこへ仕事を求めに訪れた大柄の黒人ダニー・グローヴァ―が綿花の知識が豊富であると聞くに及び、遊ばせている広い土地を綿花畑に変えることを思い付く。さらに収穫時期が近づくと、収穫一番乗りには少なからぬ賞金が出ると知り、渋るグローヴァ―の尻を叩いて目的を達成する。しかし、黒人を嫌うKKKの連中(その中には綿花関係者もいる)に襲われた彼と急に別れなければならなくなる。

日本流に言えば細腕繫盛記で、専業主婦につき収入を得ることに関して何も知らない女性が必要に迫られて立ち上がり不撓不屈の精神で頑張る姿が涙ぐましくも実に爽やか。サリー・フィールドは復活した「ノーマ・レイ」でも労働運動に奮闘する女性を熱演したが、こちらの作品の方がニュアンスに富む演技で僕は買いたい。

グローヴァーや保安官を殺す黒人少年を通して当時の南部における黒人の位置が良く表現されているのと並んで、収入の足しにと銀行員のアイデアで彼女の家に間借りすることになった盲目の白人青年ジョン・マルコヴィッチが自分の殻に閉じこもっていたのに家族と同居するうちに心を開いていくというのも人間劇として非常に良い味を出している。

他方、ヒロインの姉リンジー・クロウズとエド・ハリスの夫婦と友人夫婦の三角不倫関係はヒロインの奮闘を主題にした映画と考えた場合には必要以上に長くてバランスを崩していると思われるが、そこに作者が目指したものがあると考えれば問題としがたい。つまり、ベントンは同時代に生きる種々の人々を活写するのが眼目であったのだろう。

悲惨な描写や艱難辛苦はあってもなお、最終的に本作が表現したかったのは愛と(心の)平和であろう。というのも、唐突に死んだ人間二人と追い出されたグローヴァーを含めた関係者全員が教会に集まる寓意シーンで終わるのである。それまでの写実的な描写を考えると違和感がなくもない最終シーンである(アメリカでの評価が実力ほどでないのはそのせいか?)とはいえども、主題そのものを鮮やかに表現していると言うべし。

ベントンは案外熱心なキリスト教徒なのかな? 原題でplacesと複数になっているのは最後の教会(神の国?)における座席を示しているような気もする。

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