映画評「ライオンは今夜死ぬ」

☆☆★(5点/10点満点中)
2017年フランス=日本合作映画 監督・諏訪敦彦
ネタバレあり

諏訪敦彦という人は、映画監督と言われているが、(少なくとも前作までは)ごく曖昧なアウトラインの脚本だけ書き、即興演出で台詞は俳優任せ、カメラは撮影監督任せと聞くに及び、映画製作に口を突っ込む製作者に等しいのではないかと感じた。「不完全なふたり」は、即興演出や必要以上の長回しなどリアリズムに傾注する余り寧ろ映画の適度な連続性に馴れている観客からリアリティーを奪っていると感じた為、専ら映画の中味について語ることを止め、映画論的な立場から批判した。

本作でも相変わらずそうしたヌーヴェル・ヴァーグ式映画手法を取っているようだが、前述作よりずっと観客の一般的な映画観に近い作品になっている。

南欧で映画撮影中の老優ジャン(ジャン=ピエール・レオー)が死を演ずるのに難儀した為監督は暫し撮影を中断する。老優はその間昔の想い出のある場所を歴訪し(という程ではないが)、やがて若き日一番愛した女性ジュリエット(ポーリーヌ・エティエンヌ)と過ごした大きな家に入り、そこで寝泊まりし、ジュリエット(幽霊か幻影)と再会する。
 そこへ映画撮影をする小学生グループが入ってきて、最初は変てこな関係だったものの、やがて相互に理解し老優は映画撮影に協力する。内容は男が幽霊と出くわし、その結果増え続けた幽霊をゴーストハンターが退治するというもの。
 撮影中も彼はジュリエットと話し、死は生の一部という観念を強くする。子供との撮影が終わり、彼は本当の映画撮影に戻り、休み中に経験したことをその撮影に生かす。

一昨日の河瀬直美「Vision ビジョン」に通底する生死に関する映画だが、彼女の作品と違って起承転結が明快でお話の構図はずっと解りやすい。お話の構図が解りやすい=内容が解りやすいとならないのが、この手の作品の厭らしいところで、彼が休暇中に得て演技に生かす死に関する観念自体が僕にはよく解らない。

父親を亡くした監督を務める少年が幻視するライオンもよく解らないが、彼の作る映画の中でジャンが犬に変身するのと全くイコールで、亡き父親がライオンになって蘇ったと少年が思って見出したと考えるのが妥当であろう。
 何故ライオンかと言えば、フランスに「ライオンが寝ている」のフランス語版が流行ったことと関係があるらしく、劇中で少年たちが歌っている。ある人によると、フランス語でライオンはレオ、主人公を演じたレオーとの間で洒落にもなっているらしい。

ところで、すっかり肥ったレオーは若い時の面影が全くなく、こちらが呆然とする。

西洋人は概して日本人に比べて老化が激しい感じがするが、錯覚だろうか?

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  • ライオンは今夜死ぬ

    Excerpt: 南仏コートダジュール。 死を演じることに悩む老年の俳優ジャンは、撮影が中断されたのを機に、かつて愛した女性ジュリエットが住んでいた古い屋敷を訪れた。 すると彼女が昔のままの姿で現れ、彼に話しかける。 .. Weblog: 象のロケット racked: 2019-06-27 01:19