映画評「海と毒薬」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1986年日本映画 監督・熊井啓
ネタバレあり

およそ30年ぶりの再鑑賞。遠藤周作の原作はそれより10年くらい前に読んでいた。原作は戦中に起きた九州大学生体解剖事件に取材しているが、人物配置はフィクショナル。テーマは人間の“罪と罰”である。

1945年の九州。大学の医学部長の地位を巡って第一外科部長・田村高廣が第二外科部長・外山繁と激しく争っている。田村外科部長は、肺病を病む前医学部長の姪を快癒させ、助教授・成田三樹夫に学用患者で実験をさせることで、その地位を確実なものにしようとするが、豈図らんや、前者は手術に失敗し、後者は空襲の影響で実験前に死んでしまう。
 かくして外科部長たちは、捕虜を持て余している軍部の申し込みを承諾し、彼らを使って生体実験を敢行してしまう。

というお話が、気の弱いインターン奥田瑛二や看護婦・根岸季衣や同じくインターン渡辺謙からGHQの取調官・岡田真澄が聞き出す形で進行する(必ずしも奥田の部分は取調官に答える形を取っていない)。謂わば三部構成で、奥田と根岸では同じ場面が違うアングルから描かれ、奥田と渡辺では実験に対する対照的な意識が強調される。
 対照的と言っても、この三人からは人が無意味に死んでいく戦争に対する無力感による自暴自棄が共通して感じられる。特に、学用患者のおばあさん(千石規子)に見せる奥田の親身さを考えると、自暴自棄の他に実験に参加する理由が全く見当たらないのである。

原作者・遠藤は、西洋式の神を持たない日本人の倫理の問題を俎上に上げている。日本人は社会的に罰を受ければそれで終わりと思うが、本当にそれで良いのかと問う、実に哲学的な大きな命題がそこに横たわっている。つまり、罪の意識を持って生きていくことこそあるべき倫理なのではないか、ということだろうと思う。それに関しては人間的に最もふさわしい反応をした奥田もその命題をクリアできない。

僕が今回観たのはビデオなので全くシャープでなく、この映画が用いたモノクロ映像が100%の力を発揮できないが、それでもこれが昔に起きたことであることを感覚的に感じさせ、息詰まるような場面の緊迫感を強める効果はよく味わえる。手術の場面で色がないことが気の弱い僕などに有り難いという面すらある。

映画は、原作とは違い、実際の裁判の結果を示している。遠藤があくまで素材に留めたのに対し、熊井啓は実際にあった非人道的な事件の事実性に拘るところも見せたのである。内容が内容だけによくぞ作ったという思いが強い。

今や大御所となった渡辺謙も奥田瑛二も若いね。

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  • 海と毒薬

    Excerpt: 太平洋戦争末期に実際に起こった米軍捕虜に対する生体実験を二人の青年医の苦悩と共に描く。 原作:遠藤周作 Weblog: 象のロケット racked: 2019-06-19 06:58