映画評「しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2016年カナダ=アイルランド合作映画 監督アシュリング・ウォルシュ
ネタバレあり

日本では殆ど知られていないカナダの女流画家モード・ルイスの伝記映画であるが、その扱いは一般的な人生ドラマ。彼女は、画家と言っても、日本で言えば山下清のような、画壇に属しない庶民画家である。

カナダ。リューマチの為に手足が不自由だが描くことが好きな30代のモードは、庇護してくれる両親を亡くした後、兄や引き取った叔母に蔑まれ、絵の具を買いに行った近所の店で家政婦を募集する魚売りエヴェレット・ルイス(イーサン・ホーク)を発見、募集のポスター(メモ)をはがして(情報を独占して)彼の許に押しかける。
 武骨で粗野だがどこか優しいところのある彼が、手足が不自由なので雇う気はしない彼女を置いていくうちに夫婦の関係になり正式に結婚、彼女の絵に注目する女性サンドラ(カリ・マチェット)が現れたことから彼女は絵に専念、彼が仕事・家事全般を賄うようになる。
 二人が出会ってから四半世紀後彼女はすっかり有名人になりTVで扱われ、やがて肺気腫を患って夫に見送られてこの世を去る。

映画は二人が夫婦になるまでをじっくりと描いた後、すぐに彼女の晩年にまで話が飛ぶ。それにより本作の脚本家シェリー・ホワイトと監督アシュリング・ウォルシュが何を描きたかったかよく解る。欲を持たずに夫を只管信頼するモードと口は悪いが彼女のやることを素直に認める夫との絆、これなり。

僕は特にモードの生き方に涙を禁じ得ない。人間、とにかく欲にまみれるものである。僕の周囲にもお金の事しか考えられない気の毒な人々がいるが、彼女はお金だけでなく自分の障害でさえ全く不足を感じない様子。夫の悪口さえ彼女には愛情の言葉に聞えたのだろう。彼女の時に見せる反抗は信頼の裏返しである。信頼し合う夫婦というのは実に気持ちの良いものだ。互いに愛情べたべたでないのがとりわけ良い。

じーんとする場面が少なくないこの作品の中でも断然素晴らしいのが次の場面。
 彼が“暑いから窓を開けたい”と言うと、“開けると虫が入るから網戸が欲しい”と言う彼女に対し“網戸は買わん”と言いつつ次のショットで網戸を彼が付けている。彼女は絵を描きながら笑いもせずに見ている。
 一種超越した夫婦関係ではあるまいか。宮沢賢治風に言えば、“こんな夫婦に私はなりたい”である。
 素晴らしい夫婦だからどのように描いても悪くなりようはないものの、女性監督ウォルシュの欲張らないタッチを得て秀作となったと言うべし。

ここ数年絶好調サリー・ホーキンズ名演。イーサン・ホークも生涯のベストと言いたいくらい。

日本の映画配給会社の“しあわせ”病、またも。

この記事へのコメント

浅野佑都
2019年04月29日 13:22

 この作品、実話嫌い(というのはオーバーですが、実話というだけで半分感動したかのように捉える風潮は大いに疑問あり)のぼくが、去年のベスト10に入れたほどでして・・。

彼女の絵に惚れ込み、鑑賞後に、モード・ルイスのペーパーバッグと大判の絵本もアマゾンで購入したほどです(笑)

障害ゆえに、家に籠らざるを得ないヒロインにとって、窓が自分の目であり、そのフレームの中の風景は、実際の厳しいカナダの自然ではなく、現実逃避した彼女の心象風景です。
それを認めたイーサン・ホーク演じる夫もまた、現実世間の世知辛さから逃れ、居場所を求めていたのでしょう・・。

 複数の感想に、夫役のイーサンの暴力的な言動が嫌いで「欧米でも昔はああだったのか?」というのがありましたが、西部劇で酒場女がジョン・ウェインを平手打ちするのは、それが普通だったからではなく、異常なことだから映画として面白く、観客も笑うわけですね・・。
暴力を肯定はしませんが、粗暴ではあっても心から愛してくれる男と、口先だけの人間とどちらが伴侶として理想なのかは言うまでもないですね。

>サリー・ホーキンズ名演イーサン・ホークも生涯のベスト
 デビュー作の「今を生きる」以来、御贔屓のイーサン・ホークですが、監督が女性ということもあって、実は、夫であるエベレットのほうを描いた作品なのでは、と思いましたね。
それくらい良かった。
サリー・ホーキンスも、「シェイプ・オブ・ウォーター」のアカデミー賞ノミニーでなく、この作品でもらうべきでした。

彼女が、命尽きるまで大切に残していたのが、エヴェレットが出した家政婦の求人メモでしたね・・。
オカピー
2019年04月29日 21:24
浅野佑都さん、こんにちは。

>実話嫌い
僕も大体同じように感じています。程々良い話ではあるにしても、それがイコール良い映画でない場合も多いですし。

>アマゾンで購入
それはまた大した惚れ込みよう^^
どうも浅野さんは、昔どこかの市役所にあった“すぐやる課”みたいに積極的な方ですね。

>窓が自分の目であり
まるほど。
松山千春に「窓」という曲があり、空の青さは解っても空の広さが解らないという語り手の心境が綴られていますが、それを思い出します。

>暴力的な言動が嫌い
そんなことを言っているようではヒロインの心境は解るまいて(笑)

>家政婦の求人メモ
短い時間とは言え壁に貼られたので“ポスター”としましたが、メモのほうが良いかな。本文を括弧付きで(メモ)としましょう。

結果的に“押しかけ女房”でしたよね。一旦家を出た彼女でしたが、彼を憎むことなど金輪際なかったでしょう。悪い言葉で言えば、割れ鍋に綴じ蓋。しかし、こんな割れ鍋に僕はなりたいと思いました、本当に。
vivajiji
2019年05月14日 10:28
「そんなことを言っているようでは・・・」
に、触発され(笑)初見時に感じた感想を
今一度、私なりに再検討させて頂ける機会を
もらえた気分です。若い鑑賞者にはまんず
誤解&転びやすい引っかけ問題映画かと。
棄てられた醜いノラ犬がひたすら人間を
乞い慕って後をついて歩く・・・そんな
情景が最初浮かびました。とにかく
ヒロイン独特の強さ(したたかさとも)に
感じ入りましたし、かのジェルソミーナ的影も
ちらちらしたり。ホーキンス、うまい。
困ったちゃん眉毛のイーサン・ホークは
いい役者になりましたね。
牧師役の新作にも期待しています。
オカピー
2019年05月14日 21:44
vivajijiさん、コメント有難うございます。

>若い鑑賞者にはまんず誤解&転びやすい
vivajijiさんの意図したものとは違うかもしれませんが、若い人は性善説(本来の意味とは違います)を基準にして考えがちで、高いハードルを設定して人間を見ますよねえ。これが失敗の元(笑)。

>ジェルソミーナ
そうですね。どんなに虐げられても憎めないんですよねえ、ジェルソミーナは。モードもそんなところがある。しかし、モードは存外強い。仰る通りと思います。

>イーサン・ホーク
マスク的には依然タイプではないですが、実に味を出していて感心しましたねえ。

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