映画評「わが命つきるとも」

☆☆☆☆★(9点/10点満点中)
1966年イギリス映画 監督フレッド・ジンネマン
ネタバレあり

40余年前に不完全版を観た後完全版をBSで観ている。今回が3回目で、またまた義憤にかられる。昔読んだ「ユートピア」を書いた500年前の法律家トーマス・モアが主題である。
 「ヘンリー八世の私生活」「1000日のアン」「ブーリン家の姉妹」等ヘンリー八世ものの映画もよく観ている僕には比較的解りやすい内容だが、それらを知らない人には歴史用語や人物関係が難しいかもしれない。

ヘンリー八世(ロバート・ショー)が亡き兄の妻キャサリン・オブ・アラゴンと結婚した後、侍女の妹アン・ブーリン(ヴァネッサ・レッドグレーヴ)をみそめた為キャサリンとの離婚を念願する。ローマ教皇に兄の元妻という立場である為無理やりに結婚を承認して貰ったキャサリンとの離婚でまた教皇を煩わすことになる。その調停に失敗したウルジー大法官(オースン・ウェルズ)は失脚し、やがて「ユートピア」でヘンリー八世も注目していたトーマス・モア(ポール・スコフィールド)が大法官に選ばれる。
 しかし、神への帰依を国より優先する為教皇の権威を無視することはできない彼は結局退官し、後任のトーマス・クロムウェル(レオ・マッカーン)がヘンリーの言うまま教皇と縁を切って英国王を英国教会の首長とする法律を制定させ、彼の離婚・再婚について沈黙を守るモアに強引に反逆罪を宣告、斬首に処する。

欧州最大の権威であったローマ教皇を切り離し英国国教会が生れる原因となった事件(世界史でも簡単に習いましたね)を扱ったもので、僕が最初にこの事件を知ったのは「1000日のアン」(1968年)による。
 キリスト教徒でないと彼の愚直な神への服従が解りにくいという意見が多いが、必ずしもそうとは言えない。神への帰依そのものは確かにその通りながら、俗な出世や保身の為に変節しないこと=信念を貫き通すという核だけを見れば仕事であれ人生であれ、古今東西様々なシチュエーションで観てきた普遍性がたっぷりある。

同時に僕の義憤は絶対王政故の理不尽に対して起こる。現在においていかに保守的傾向が進んでもさすがに先進国がここまで逆行することはあるまい。しかし、比較にならないとは言え、現在世界各国で見られる独裁的為政者に思いを馳せることになるとは思う。日本も例外ではあるまい。独裁は民度の低い国ではプラス面が多いが、民度が進んだ国では国民の間に窮屈感を醸成して国力的にマイナスになる。

閑話休題。
 監督はご贔屓フレッド・ジンネマンで、台詞の良く練られたロバート・ボルトの脚本を端正に映像に移して淀みなく、見応え十分である。地味というご意見の中、当時の英国映画界が誇る出演陣が豪華で誠に充実、見応えに大いに貢献している。

因みに本作に出て来るクロムウェルは、高校の教科書に出て来る清教徒革命のオリヴァー・クロムウェルとは全くの別人。時代が100年くらい違う。

この後新元号が発表される。しかし、新しい元号が始まるのは来月からだからね、勘違いしないように。

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  • わが命つきるとも

    Excerpt: 16世紀初頭、イギリス。 国王ヘンリー8世の権力にも、クロムウェルの陰謀にも、高潔・堅固な信念と法理論で対抗し、ついに刑場のつゆと消えたトマス・モアの生涯を描いた史劇。 Weblog: 象のロケット racked: 2019-04-04 13:13