映画評「メイズ・ランナー:最期の迷宮」

☆☆★(5点/10点満点中)
2018年アメリカ映画 監督ウェス・ボール
ネタバレあり

YA小説の映画化はアメ・コミの映画化に比べると日本ではヒットしないのではないかと想像しているが、それはともかく、何でも観る派で観たそばから忘れていく老人の僕には、似た時代に製作・公開された「ダイバージェント」シリーズの間で相当混同している。
 恐らく最終作となるであろうシリーズ第3作は、その為に序盤のうちは何だかよく解らないまま観ることになったが、中盤以降は徐々に前回までのお話を思い出したせいもあり、それなりに面白く観られるようになる。まずはそのお話。

感染したものをゾンビのような症状にする感染症が流行っている未来の世界で、免疫を持つ主人公ディラン・オブライエンがトーマス・ブロディ=サングスターら仲間と共に、非感染者の特権階級の暮らすシティから、シティにある研究機関WCKD(ウィキッド)に研究とワクチン確保の為に捕えられたキー・ホン・リーを救う為に乗り込んでいく。

映画の後半は専らその奪還作戦に終始するのだが、元の仲間で今シティで研究をしている美人カヤ・スコデラリーノを絡めた葛藤を交え、利己主義の権現エイダン・ギレンとのワクチン争奪戦をフィーチャーしてそれなりに面白い。本当はもっと褒めようと思ったが、余りに水増し的に長くなり過ぎて退屈してきたので、★一つ分くらい減らさざるを得なくなったのである。

実際はそれ以上に、ストーリーの着想や登場人物の行動に問題がある。着想の問題と言うのは、研究機関WCKDが厳密には巨悪と言える存在でないこと。単にエイダン・ギレン一人が悪であるだけである為、主人公のグループがリーを救う以上に人類全体を救うことを優先しないのは大いに疑問であり、甘っちょろく感じられる。そもそもの着想が変だから登場人物(の行動)も変になる良い例と言うべし。アメリカの若者も、日本の若者同様に、友情といった感情に弱いのですな。

考えてみると、彼らが壁を超える((或いは通り抜ける)のは謂わば大人社会という壁を超えることの寓意で、YAファンタジー小説はどうもこうした大人VS若者の構図をモチーフにしているような感じがする。

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