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zoom RSS 映画評「ヤンキー・ドゥードゥル・ダンディ」

<<   作成日時 : 2018/11/07 08:55   >>

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☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1942年アメリカ映画 監督マイケル・カーティス
ネタバレあり

ギャング映画スターとして有名なジェームズ・キャグニーが主演したミュージカル映画で、ブロードウェイの父と言われるジョージ・M・コーハンの伝記映画でもある。余りに国威発揚的すぎたせいか、日本で劇場公開されるのは1986年まで待つことになる。

父(ウォルター・ヒューストン)、母(ローズマリー・デキャンプ)、妹若しくは姉ジョシー(ジーン・キャグニー)と四人の芸人一家として活動していたジョージ(キャグニー)は、自分の作詞作曲能力に自信があり、有力劇場から爪はじきされると、劇作家サム・ハリス(リチャード・ヴォーフ)を強引に仲間に入れてレビュー好きな素朴な興行師を抱き込み作ったミュージカルが成功、この過程で知り合ったメアリー(ジョーン・レスリー)と結婚、第一次大戦で独潜水艦によりルシタニア号が沈没すると、戦意高揚を促す「彼方へ」Over Thereを書く。「ヤンキー・ドゥードゥル・ボーイ」Yankee Doodle Boyも国威発揚色の濃い曲で、これをテーマ曲にした芝居も大当たりをするが、やがて母、妹を次々と失った後父を失った彼は引退する。しかし、ハリスに請われて復帰、1937年ルーズヴェルト大統領を主人公にしたミュージカルに成功すると、大統領公邸に呼ばれる。

この映画全体のお話が、公邸でコーハンが大統領に語る回想形式で進められるわけだが、余り事実に忠実な内容ではないらしい。映画で妹と断じられているジョシーはジョージより4歳年上の姉。死んだのもこの姉が一番で、続いて父親、母親が一番最後に亡くなっている。コーハンは二回結婚していて、映画のような夫婦関係ではなかったらしい。二番目の奥さんは確かにアグネス・メアリー・ノーランと言うのだが。

しかし、それは映画の出来栄えには全く関係ない。「ヤンキー・ドゥードゥル・ボーイ」は曲も芝居も余りに国威発揚すぎて鼻白まないではないものの、舞台の趣向自体は抜群で、その他の芝居も楽曲も楽しめるものが多い。メアリーに捧げようとして有名歌手に奪われてしまう Mary's a Grand Old Name も佳曲で、この曲をめぐる場面は妻の賢さがよく表れていてこの時代の良きアメリカ人男性を感激させたであろう。

キャグニーは前身がボードヴィリアンなので、ギャング俳優として名を馳せたとは信じられないほどタップが物凄く、彼のタップを生かす曲は Give My Regards to Broadway と云う。ははあ、ポール・マッカートニーは「ヤァ!ブロード・ストリート」Give My Regards to Broad Street でコーハンとこの曲にオマージュを捧げたのですな。

お話は快テンポで進み、場面転換も鮮やか。マイケル・カーティスの演出ぶりは「カサブランカ」を上回ると言っても良いのではないだろうか。

因みに、キャグニー主演のミュージカルは「フットライト・パレード」(1933年)が有名で、「上海帰りのリル」の本歌となった「上海リル」が聞ける。ミュージカルとしてはこの映画の上を行く秀作なので、機会があったらご覧になられたし。

現在、世界がどういう方向に進むか相当影響のある米国中間選挙が進行中。世界の平和の為に下院で民主党が勝つことを願う。自国第一主義ばかりが増えると戦争になる。日本への影響はそれほど問題ではない。

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ヤンキー・ドゥードゥル・ダンディ
20年代のボードビリアン、ジョージ・M・コーハンの伝記映画。 頑固な愛国者でありながら家族思いの優しい人柄が紹介されている。 ...続きを見る
象のロケット
2018/11/07 23:59

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