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zoom RSS 映画評「たそがれ酒場」

<<   作成日時 : 2018/10/23 08:56   >>

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☆☆☆★(7点/10点満点中)
1955年日本映画 監督・内田吐夢
ネタバレあり

内田吐夢が中国から復員、現場復帰しての第二作で、新東宝での作品というのが珍しい。

舞台は酒場。酒場と言ってもバーではなく、フランスのキャバレーに近い。舞台ではピアノ伴奏による声楽家の本格的な歌あり、女給の歌あり、のど自慢あり、おまけにストリップ(軽いヌード・ダンス)ありという雑多な見世物を特色としている。殆ど店の主と言っても良い元画家で今はパチンコで食っている小杉勇を狂言回しに様々な人物の人生の断面が紹介される、グランドホテル形式の群像劇である。

中心となるのが、昔歌劇団を率いたが訳アリで挫折してピアノを弾いている小野比呂志と、彼の指導を受けて本格的な声楽家ぶりを披露する若者・宮原卓也(本物の声楽家らしい)。ストリッパーの津島恵子は若者と少し関係があるらしい。そこへ歌劇団主催者として有名な高田稔が現われ、宮原青年の実力に感心、引き抜こうとする。小野がそれを認めようとしないのは、高田が小野の挫折の原因を作った張本人だからである。

小杉は、歌のうまい女給・野添ひとみの面倒を色々と見るが、彼女は結局大阪へ向かう恋人・宇津井健に同行せずに帰ってくる。
 その他、軍人気分が抜けない中年男性(東野英治郎、加東大介)や哲学を論ずる学生たち、宇津井健に絡むチンピラ(丹波哲郎、他)、新聞記者・江川宇礼雄などが出て来る。

グランドホテル形式と言ってもかなり幅広く「七人の侍」などを入れることもあるらしいが、フランス悲劇が重視した三一致の法則のうち“一日の出来事””一つの場所”を厳密に守っている本作は正に典型的な作品と言って良い。

内容は次第にヒューマニズムの傾向を強めて行き、その点ではアメリカ映画的であるが、僕はフランスの詩的リアリズムの感覚を想起、具体的にはマルセル・カルネ「北ホテル」(1938年)辺りが脳裏を横切った。
 開巻直後、舞台上で小野と宮原が練習に励む、まだ椅子がテーブルの上に置かれている状態の酒場をカメラがクレーンで移動しつつ捉えるショットの柔らかい感覚が、同時代のハリウッド映画より少し古めのフランス映画を感じさせるのである。いずれも才能がありながら場末に埋もれている登場人物の性格造形や絡ませ方もアメリカ映画的ではないだろう。
 つまり、人情的でありながら粋なのである。苦味を伴いつつ良い後味に終わるところが良い。

脚本は当時何の実績もない全くの新人だった灘千造だが相当きちんとまとまっている。それを壊さない内田監督もさすがでござる。

元画家は戦争画を描いたことを反省し画家を辞めたという設定。戦争画を描いて結局日本を去る藤田嗣治がモデルではないだろうね?

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2018/10/23 09:51

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