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zoom RSS 映画評「婚約者の友人」

<<   作成日時 : 2018/09/16 09:07   >>

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☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2016年フランス=ドイツ合作映画 監督フランソワ・オゾン
ネタバレあり

何とエルンスト・ルビッチがモーリス・ロスタンの戯曲を映画化した反戦映画「私の殺した男」(1932年)を、フランソワ・オゾンがリメイクした作品である。「私の殺した男」は洒脱の喜劇作家ルビッチには例外的なドラマで、僕も大いに感動した記憶がある。翻って、オゾンにしても、性格描写に辛辣さはあるにしても毒気の薄い直球のドラマであり、これもまた珍しい。

1919年第一次世界大戦後のドイツ。一人のフランス青年アドリアン(ピエール・ニネ)がある墓の前で泣いているのを、その墓に訪れた婚約者アンナ(パウラ・ベーア)が見出し、彼を友人と思い込む。彼女は戦死した婚約者フランツの家に彼の両親と共に娘のように過ごしている。両親は敵たるフランス人に対する憎悪をむき出しにするが、パリでの息子との日々を語ってくれる感じの良いフランス青年にやがて好感を覚えるようになる。
 やがて彼は友人でも何でもなく、フランツを直接殺した張本人であり、殺害の苦悩に耐えかねてドイツにやって来たとアンナに語る。アンナは婚約者の両親に真相を語らず、一人苦悩を呑み込んで、彼をフランスへ帰してしまう。
 彼から届いた手紙への返信が住所不明で届かず、心配になった老親はアンナの夫にと希望するアドリアンを探すべくアンナをフランスに送る。各所を訪ね歩いて漸くアドリアンを探し当てた彼女は、しかし、無事に過ごしている彼に婚約者がいることを知る。ドイツの親たちには嘘を付くしかない。

前半はオリジナルとほぼ同じだが、後半は全く違う。オリジナルでは若者はドイツに住むことになって真相を唯一知る娘と結ばれる。本作は21世紀の作品らしく、個人の心境に重きが置かれている。特に、親たちに配慮すべく、前半嘘を付かざるを得なかったフランス青年と、後半嘘を付かねばならないドイツ娘との正確な対称という形で、民族的主張のかまびすしい中に個人の存在を浮かび上がらせ、それにより戦争或いは民族間の憎悪が個人とは関係のないところで起こり行われていることを浮き彫りにする。変化球的反戦映画と言うべし。

モノクロとカラーで構成される画面が詩的で美しい。モノクロは厳しい客観的現実。カラーは幻想若しくは主観によって変質した現実という分類だろうか。僕が観た中で最も叙情詩的なオゾン作品である。

息子の婚約者と親との関係は山田洋次監督「母と暮せば」を思い出させるね。現在ではありえない光景。

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婚約者の友人
1919年、ドイツ。 アンナは、フランスで戦死した婚約者フランツの両親と一緒に暮らしている。 ある日、フランス人男性アドリアンが、フランツの墓参りにやって来た。 最初は敵国人を拒絶したフランツの父だったが、彼はフランツのパリ留学時代の友人だという。 やがて一家はアドリアンの訪問を楽しみにするように…。 ラブ・ストーリー。 モノクロ&カラー。 ...続きを見る
象のロケット
2018/09/16 09:42
「婚約者の友人」
正統派悲恋物。悲恋物という言い方は正しくないかもしれないが、ラストの汽車の発車シーンは名作「旅情」を彷彿とさせる。深い傷と淡い思慕。婚約者はあの第一次世界大戦でフランスの戦場に散っていった。生涯報われない想いを抱えて生きる女がここにも一人。そしてドイツのこの地に、婚約者の戦前からの友人であったと名乗るフランス人の男が墓参にやって来る。…本当に正統派なんだ。男の正体が判るまでと判ってからの、どちらも比較しようがない痛み。打ち砕かれる希望。何を目途として生きて行くのか判らないまま、それでも風雪に耐え... ...続きを見る
ここなつ映画レビュー
2018/09/18 17:21

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