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zoom RSS 映画評「アランフエスの麗しき日々」

<<   作成日時 : 2018/07/18 09:59   >>

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☆☆(4点/10点満点中)
2016年フランス=ドイツ=ポルトガル合作映画 監督ヴィム・ヴェンダース
ネタバレあり

ヴィム・ヴェンダースの監督作品という情報のみで見始めたが、ごく限られた篤志家にしかお勧めできない純文学である。自分の勘の良さに感心させられたのが、ほぼ唯一の収穫(笑)。後で説明します。

作家イェンス・ハルツァーが文章をものしている。この作家の紡ぎ出す言葉を放つ男レダ・カテブと女ソフィー・レミンが、作家の家の開口部から見える四阿(あずまや)にいる。この男女の概ね男女の性愛をめぐる対話が、それを綴る作家の描写を挟んで進む。女性が性行為を男性への復讐と考える一方、愛を信じるのもまた女性なのである。

そんな内容と理解したが、僕が映画的な興味を覚えるのは、家の開口部を作家とその想像が生み出す男女との主なインターフェースにした見せ方である。作家は開口部の向こうに男女を見るが、これは作家の頭の中で構築された情景に過ぎない(男女は開口部から家の中を見るが、登場人物故に決して作家を見出すことはない)。それをあたかも同じ三次元にいるかのように見せるのが映画としての工夫である。そして、この点以外にこの作品に映画的な面白味を見出せない。

最後に、くだんの“勘の良さ”について。
 会話する男女を見て(何にも知らずに見たはずの)僕は早々にロマン主義文学の教養小説の会話を想起した。ロマン主義文学はゲーテに端を発する(ゲーテ自身はロマン主義ではない)が、実際1974年に本作の原作者ペーター・ハントケはゲーテの「ヴィルヘルム・マイスター」をベースにヴェンダースの「まわり道」の脚本を書いている。本作とロマン主義文学を結び付けるのはあながち間違いではなかったと思うのである。

厳密には、ロマン主義文学とアンチ・ロマン(この場合のロマンは小説のこと)との中間のようなところで、小説と違って一定時間での理解を強要する映画では大半の人に向かない内容と言うしかない。

ロマン主義の密かな愉しみ。

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