映画評「そして誰もいなくなった」(1945年版)

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1945年アメリカ映画 監督ルネ・クレール
ネタバレあり

ミステリー・ファンなら誰もが知るアガサ・クリスティーの傑作クローズド・サークルものの最初の映画化。アメリカに避難していたルネ・クレールが映画化したものだが、僕はIPが製作の30年後に日本で初公開させた時に観て、大いに堪能した。

ある孤島にバリー・フィッツジェラルド、ウォルター・ヒューストン、ルイス・ヘイワード以下8名の男女が、オーエンと名乗る男に招待されてやって来る。執事夫婦と合わせて計10名で、肝心のオーエン氏は見当たらない。
 到着直後から10体のインディアン人形が眼に入り、インディアンの数え歌を歌ったロシア貴族ミーシャ・オウアが毒殺されると、人形が9体に減っている。翌朝には執事の妻が死に、老将軍C・オーブリー・スミスが続くと、残る7名のうちにオーエン氏が潜んでいて殺害を繰り広げているとして互いに疑心暗鬼になる。

というお馴染みのお話で、大旧作とは雖も本格ミステリーなので終盤については伏せることにする。

異論があるようだが、ルネ・クレールらしくユーモアを随所に配置し比較的のんびりと見せたのは大成功と思う。ヒッチコックが「ハリーの災難」や「知りすぎていた男」などで試みたように、ユーモアがあるからこそ恐怖がそこはかとなく醸成されるのである。このお話をストレートに作ったら、却って当たり前すぎて面白くならなかっただろう。

(原作の)クローズド・サークルもの以外としての特徴は、歌詞などに合わせて殺人が行われる見立て殺人もの(本作の場合は童謡に材を求めている)ということで、「アクロイド殺人事件」も模倣したクリスティー好きの横溝正史はこれに倣って「悪魔の手毬唄」などをものしている。

それはクリスティーの功績であるが、クレールの功績は、才気煥発の見せ方。
 終盤オーエン氏の秘書と言うアニー・デュプレの横に現れた真犯人を照明の傘の後ろに置いてすぐに見せなかったり、毛糸が階上から落ちてきたので関係者が慌てて上がると猫がじゃれており、さらに毛糸を辿っていくとそこに中年夫人ジュディス・アンダースンの死体がある、といったところが白眉。後者に関しては、後年「ニューシネマ・パラダイス」の終盤に似た見せ方があって思い出したものだ。
 それとユーモアが上手く結びついたのは、鍵穴を覗いている人が連なって円環するというアイデア。これには大受けで、この場面を始め全体的に余りに気に入ったため後年IMDbで9点を進呈したが、ちょっと調子に乗りすぎたと反省し今回は少し下げておきます。

これだけの作品が何故30年間も日本で劇場公開されなかったのかが謎じゃよ。

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この記事へのコメント

浅野佑都
2017年09月07日 07:53
 >「ニューシネマ・パラダイス」の終盤に似た見せ方

ほつれた毛糸の先に、親子の情や絆を感じさせました・・。

ニューシネマ・パラダイスといえば、完全版ですと、主人公のトトが長じて映画監督になり名前を変えますが、その名前が初恋の女性エレナ(ELENA)のアナグラムであるレネーラ(LENELA)になっていて、トルナトーレの熟練の職人芸だと感じ入りました・・。

 タイプは異なりますが、ルネ・クレールも戦火から逃れてメガホンを取ったのにもかかわらず、一定のクオリティを保ってしまうのは、さすが巨匠の巨匠たる所以でしょうね。

 リメイクの「姿なき殺人者」も好きな作品です(世界的なクリスティブームに便乗して作られた74年版はダメダメですが・・笑)
スリラー色を前面に出すことに腐心するあまり、出来上がった料理(作品)がゲテモノに・・。

本作が成功した要因のひとつは、仰るようにどこかとぼけた感覚というか、ひらりと作っているスタンスが心地よいですね。
ミステリというのは「どうせこしらえもの」とリアリズムを放棄し、知的な遊びとしてクリスティーの世界を表現したことも。

小説があまりに名作ゆえ「ちょっと物足りないなあ」という向きもあるでしょう・・(僕もちょっぴりそう思わないでもありません)が、中学生のときに次々に出る文庫を楽しみにしていたファンとしても、もうこれ以上クリスティーの原作をこってり料理する愚は犯さないでほしい、という願いもあるので・・・。
以上、ルネ・クレール作品をもって『そして誰もいなくなった』の決定版、とするのが賢明でしょう!
オカピー
2017年09月07日 19:57
浅野佑都さん、こんにちは。

>ほつれた毛糸の先
すぐにピンと来るところが、さすが浅野さん。
映画全体も気に入りましたが、この場面があるが故に若手監督トルナトーレの映画への愛情が強く感じられ、お気に入りの作品そして監督になりました。

>ニューシネマ・パラダイス・・・完全版
保存版は持っていますが、まだ見ていないのです。ちと怖い(笑)

>「姿なき殺人者」
これをご覧になっている方は、僕らの世代では少ないと思います。まさかリアル・タイムでご覧になったのではないでしょうね? 物理的には可能ですが(笑)

>74年版
ピーター・コリンスン(コリンソン)は凡監ですからね。
これが良いという殊勝な方も稀にいらっしゃいます(笑)

>ミステリというのは「どうせこしらえもの」とリアリズムを放棄
その通り!
最近は、本格ミステリー(映画)を見て、人間造形が浅いとか、メッセージ性がないとか、的外れのコメントをされる方が目立ちますが、甚だ了見違いですね。

>次々に出る文庫
図書館に行っても相当ありますね。昔読んだ有名な作品以外は、まだ、手が出ません。

>ルネ・クレール作品をもって『そして誰もいなくなった』の決定版
そう来なくちゃ^^

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