映画評「Mr.ホームズ 名探偵最後の事件」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2015年イギリス=アメリカ合作映画 監督ビル・コンドン
ネタバレあり

ご存じ名探偵シャーロック・ホームズのパスティーシュ作品である。ミッチ・カリンの小説をビル・コンドンが映画化したミステリー趣味のあるドラマ。本格ミステリーではない。

93歳になったシャーロック・ホームズ(イアン・マッケラン)が、後悔している最後の事件を思い出して小説にしようと努力するが、認知症の兆候も出て来て難儀する。何とか記憶力を蘇らせようとロイヤルゼリーや日本の山椒を取り寄せて使ってみるが、結局効果があると判明したのは、雇っている家政婦マンロー夫人(ローラ・リニー)の推理好きの息子ロジャー(マイロ・パーカー)が示してくれる彼への興味である。
 夫人は養蜂に勤むだけのホームズに厳しく、輝く未来のなさそうなそのもとを去るべく新しい仕事を探している。終盤ロジャー君がハチに刺されたショックで重態に陥った時にミツバチを焼き殺そうとするが、真犯人はスズメバチで、少年がミツバチを守ろうとしてスズメバチを攻撃して刺されたとホームズが生物学的根拠により説明する。これが夫人の考えを180度転換させる。

時系列を現在に絞ればこういうお話だが、ミツバチは言わば色々な弱さを示しているホームズ老であり、親子に残ってほしいと切望する老人を少年が守るという寓意とも読める。かくして、母親は少年の心情を理解してホームズの願い通りに養蜂場のあるその屋敷を継ごうとするのである。

主題は人間の老いだ。ホームズを使った意味がないという意見がちらほらとあった。残念な理解力と言うしかあるまい。どんなスーパーな頭脳の持ち主も例外なく老いるということを示すためにこそスーパーであったホームズはうってつけの人物なのである。勿論ホームズでなくても、アインシュタインでも、エジソンでも良いわけだが、実在する人物よりは創作自由度の高い架空の人物のほうが適当であるのは言うまでもない。

ホームズが悔悟した30年前の事件とは、子供を二人続けて流産したさる夫人をめぐるもので、彼女の心理を見事に推理したもののその自殺を防げなかったのである。探偵の助手を気取る少年と交流するうちに、この事件や山椒をだしに接近してきた日本人青年(真田広之)の父親に関することなど色々な謎が解けていく。

それらの事件や謎に派手さが全くなく、老いと格闘するホームズの晩年を描く本論と合わせて頗る地味に推移するこの作品に、面白おかしいお話を期待してはダメである。その意味で万人向けというわけには行かないが、ビル・コンドンの滋味溢れる描写がすこぶる良い。老人と少年の交流を描く現在が素晴らしく、派手さの全くない30年前の事件のお話もホームズのパスティーシュとしてコナン・ドイルが好んだやや物憂いムードを上手く再現している。

終戦直後の荒廃した広島を出した目的は曖昧だが、ここで漂わせるのは生物全般の生命力であろう。ホームズは老いと闘い、放射能の中生き残った山椒のように、老いが繰り出す厳しい環境の中最後の生命を輝かせる。

まだぼけてはおらんつもりだが、年を取ると、昔を懐かしむことも多くなる。「失われた時を求めて」の主人公はプチット・マドレーヌというお菓子で幼年時代を思い出すが、僕は春のそよ風に吹かれるといつも、小学校に上がる少し前の光景を思い出すのだ。

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この記事へのコメント

2020年09月18日 21:21
これはよかったです、妙にドラマチックにはならず淡々と日常を描いているんですが、登場人物の心の機微が伝わってきました。この作品は、古き良き英国の香りがあって、それが物語とよく合っていましたが、現代を舞台に描いた作品でも、英国映画の良さを感じさせるものはありますね。

ただ、あのスズメバチ駆除の場面は、?でしたね。素人がいじってはいけない物件という意識が強いので。
オカピー
2020年09月19日 17:27
nesskoさん、こんにちは。

>古き良き英国の香りがあって、それが物語とよく合っていました

僕も、上品な英国風味がある作品が大好き。この映画も満点でした。

>ただ、あのスズメバチ駆除の場面は、?でしたね。
>素人がいじってはいけない物件という意識が強いので。

映画がリアリズムに拘る必要は必ずしもないのですが、観客の生命に関係するところは事実に即するといった配慮はあってしかるべきでしょうね。

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