映画評「さざなみ」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2015年イギリス映画 監督アンドリュー・ヘイ
ネタバレあり

このところ映画評で“波紋”という言葉をよく使っているが、本作の邦題「さざなみ」はそれに近い。映画用語としての“波紋”は、投げ込まれた石(きっかけ)が池に波を起こす(事件)という意味である。本作の石は何であろうか?

英国。結婚45周年のパーティーを控えた老夫婦の夫ジェフ(トム・コートネイ)の許にスイスから手紙が届く。50年前にスイスの雪山で死んだ彼の恋人カチャの死体がそのままの姿で発見されたというのである。
 当時のことを聞かされても最初は大した感想もなかった妻ケイト(シャーロット・ランプリング)は、彼の何となく嬉々とした様子に次第に嫉妬心が生まれ、時間が経つにつれて増幅、街の旅行代理店に行くとどうもスイスへ行くことを計画しているらしい。夫は自分は歩くのもままならぬと反論する。
 かかる紆余曲折の末に45周年パーティーで妻への感謝を語る夫を許したように思われたのも束の間、彼女はダンスが終わると握っていた手を振りほどいてしまう。

スイスからの手紙という石が立てるさざなみ、妻の心情を(最終的には夫婦間の温度差を)微視的に捉えるのが本作の眼目だから、ハッピーエンドかどうかは余り重要ではないだろう。
 とは言いつつ、万事が元の鞘に収まったように見えたのを醒めたような顔つきでヒロインがひっくり返す幕切れに些かびっくりさせられる。この後離婚するかどうか解らないが、画面が暗転するとムーディ・ブルース初期の名曲「ゴー・ナウ」がかかる。「僕は君を愛しているけど、そういう意思があるなら、僕が涙を流す前に是非行ってくれ」という内容で、この曲通りならヒロインは出て行ってしまう。まあそれよりこの曲のかかるタイミングが絶妙で、嬉しくなった。

ダスティ・スプリングフィールド「二人だけのデート」やタートルズ「ハッピー・トゥゲザー」も内容に沿っているところがあるが、僕が最も気に入ったのは、車内でゲイリー・パケット&ユニオン・ギャップ「ヤング・ガール」が流れ出すとヒロインが切ってしまうこと。いつまでも若い、死んだ恋人に嫉妬する彼女の心境を端的に表現しているからである。この曲を知らない人には余り効果がないが、本作で多数使われる名曲には隠し味があってたまらない。

と、色々書いてきたものの、内容以上に、その内容を支えたシャーロット・ランプリングの好演こそ見る価値があると言うべし。先日再鑑賞したばかりの「ドレッサー」で抜群の演技を披露したトム・コートネイも実に上手い。二人のアンサンブルが見事で、価値をさらに高める。

「さらば美しき人」でシャーロットを記憶に留めて45年が経つ。早いものだ。

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この記事へのコメント

浅野佑都
2017年02月18日 04:16
 「一年遅れのベスト10 2016年版」にコメントしたように、前々日の「サウルの息子」とこの作品は、ぼくのランキングで7、8位に入っています。
もう、どちらも甲乙つけがたい傑作と思いますが、ハナ差で「さざなみ」でしょうか(笑)

 トム・コートネイといえば、SFファンのぼくなどは大昔にテレビの映画劇場でで観た「魚が出てきた日」を思い出します。
この作品、ぼくは要所要所で、ミヒャエル・ハネケの『愛、アムール』で描かれた静かなリアリズムに貫かれた映像がフラッシュバックのように浮かんでは消え、二つの物語が混然一体となるかのような錯覚に囚われましたね。
これは、一通の手紙でもろくも崩れた熟年夫婦の結末ではなく、最後まで夫を愛そうとした女性の尊厳の物語だと・・。

 この映画、女性にとってはかなり酷な内容だったようで、職場の同僚の映画ファン女性は、夫に対して噴飯ものだと憤ってましたね・・。

確かに、行為の最中にケイトが夫に「目を閉じないで」と告げたのは、もちろん、彼の性衝動の原因にはっきりと気がついているわけですね・・。ジェフがその時抱いていたのはケイトではなかった。
このほかにも、夫が正直に50年前の恋人のことを話したその前の晩、ケイトは彼女の髪の色を尋ね
「そう、私みたいにダークブラウンだったのね、あ、、今は違うけど」と自分の老いがもたらす変化に自問自答するシーンにやるせなさを感じました。
女性は、こういう男の無神経さがきっと許せないのでしょうね(笑)

野坂の♪男と女の間には・・という古い歌を思い出しました。

浅野佑都
2017年02月18日 04:17
主演のシャーロット・ランプリングは『未来惑星ザルドス』では、エターナルと呼ばれる不老不死の種族の女性を演じていました。
老いもなければ喜びも悲しもない無感情の世界で、彼女は現実と快楽の象徴ともいうべきショーン・コネリーとともに暮らすことを選び、感情を持ったまま老いを知り、そして死にゆくわけです。
シャーロット・ランプリングが『さざなみ』で演じた役柄とは、40年前に不老不死を捨てて感情を手にしたことを後悔するひとりの老女だったのかもしれませんね。
オカピー
2017年02月18日 20:20
浅野佑都さん、こんにちは。

>『魚が出てきた日』
面白い作品でした。
監督はギリシャ悲劇の映画化で知られたマイケル・カコヤニス。
不気味さを表現するためにショットを切り替える度にどんどんロングになっていくエンディングは、直後に作られた邦画「吸血鬼ゴケミドロ」がパクッていたと思います。

>『愛、アムール』
おおっ、言われてみれば、通底するものがあるような気がしますね。

>最後まで夫を愛そうとした女性の尊厳の物語だ
ある人が「嫉妬の物語ではない」としたところに頷けるものはあったものの、それ以上進まなかった僕に比べると、何と鋭い分析でしょう!
『愛、アムール』が夫が妻への愛の為に彼女を殺したのか、ということを我々に考えさせたことに重なるものがありますね。

>老いがもたらす変化に自問自答
『ヤング・ガール』が流れ始めたカー・ラジオを消してしまうエピソードと重なり、老いへの意識がよく現れた言動です。

>女性は、こういう男の無神経さがきっと許せないのでしょうね
そういう女性の意見がブログ等でも多かったです。
僕も、主人公の老夫婦以上に、男女の温度差を感じましたよ(笑)

>『未来惑星ザルドス』
これも鋭い。鋭すぎると言っても良いです。
灰色の脳細胞が衰えている僕と、何という違いでしょう。古い映画の記憶がどんどん消えていく。マグロを食べないといけないですかな(笑)

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