映画評「鍵」(1959年)

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1959年日本映画 監督・市川崑
ネタバレあり

10年ほど前に谷崎潤一郎の原作を読んだ。非常に面白いものの読みにくいスタイルであった。それより15年ほど前にこの市川崑の映画版も相当興味深く観た記憶がある。今なら小学生でも観られそうであるが、公開当時は成人映画に指定されたようである。

古美術鑑定家の剣持(中村鴈治郎)は妻・郁子(京マチ子)が酔うと意識を失うようになったのを幸いに、その裸体を写真に収め、それを通院している病院のインターン木村(仲代達矢)に現像させる。娘・敏子(叶順子)の婿にしようとしている青年で、その一方妻とこの青年が仲良くなるようにわざと仕向け、嫉妬により自らを刺激する。屈折した異常性癖の一種で、その背景には妻が決して裏切らないであろうという安心感があるように観客には見える。
 敏子も実にひねくれた娘で、色々と策士めいたことを繰り広げるが、父親の異常な性癖には気付かない。いずれにしても、この三人が腹黒いことは序盤病院を次々と訪れ、いずれも「来たことは内緒にしてくれ」と木村に頼むところから鮮やかに表現されている。
 さて、自ら考案した刺激策が成功してむつみ事を始めた剣持は興奮しすぎて脳の血管を切り、間もなく亡くなる。

誠に人間の性への執着は底知れぬ、というお話で、原作ではここで落着する。が、映画は終らず、この後大いに面白いシークエンスを構成する。
 夫の死を秘かに喜んだ郁子は、敏子と木村に「ここを病院にしたら良い」と言って会食を始める。郁子は母親に殺虫剤入りのお茶を出す。何も起こらず不審に思う。しかし、その後婆や(北林谷栄)が持ってきたサラダを食べた三人は揃って死んでしまう。実は婆やが主人の死を悼まない三人が気に入らず殺したのである。
 赤と青の容器の扱いなど市川崑らしいミステリー趣味が大いに発揮されていて楽しませてくれる。警察の老婆に対する反応も面白いが、一家の最後の様子をある程度知っている看護婦に訊かないのが少し弱い。

原作では夫婦は互いに秘密であるはずの性に対する考えを綴った日記をわざと読ませるように仕向け合うのであるが、文字で読めば面白くても映画向きでないと判断して作者たちはこの設定を無くし、代わりに娘も腹に一物ある人物として絡めて終盤のミステリー的結末を用意したのであろう。ただ、人間の性へのあくなき欲求という原作の純文学的テーマと耽美的なムードはきちんと映像に移され、そこに犯罪要素を入れたことで大衆に楽しめる作品に仕上げられていると思う。原作に敬意を表して日記を最後に用意し、これが警察の判断に繋がるという幕切れにしたのはうまい。
 また、悲劇なのに、市川崑らしく渇いたタッチで進むのでどこか喜劇的な印象が残るのも注目に値する。

主演の四人は好調。性に異常な執着を見せる老人(と言っても現在の僕くらいの年齢設定らしいが)の不気味さを表現した中村鴈治郎が抜群。腹黒く薄気味悪い老人を演じさせれば日本映画史上No.1だろう。京マチ子も淫蕩さを裡に秘めた貞淑妻といったところはお手の物で実に官能的に演じている。彼女が似ている性格のヒロイン役で主演している昨年鑑賞の「婚期」(1961年)は、本作のパロディーみたいな感じもしてくる。打算的なインターンを演ずる仲代達矢、母親に一種の嫉妬を覚えているげじげじ眉の娘を演じた叶順子共に面白い。

前年に作られたキャロル・リードの「鍵」は観ていなんだよなあ。

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この記事へのコメント

ねこのひげ
2015年05月10日 08:57
京マチ子さんは妖艶でしたね。
現在ではこれだけの毒々しい妖艶さを持った女優さんを見かけませんが・・・いたらいたで、なんやかやと言われそうでありますね。
京マチ子さんに比べれば檀蜜さんなんかかわいいもんで。
中村雁次郎さんもしかりで。
オカピー
2015年05月10日 21:44
ねこのひげさん、こんにちは。

>京マチ子さん
昔の男女優は、洋の東西を問わず、スケールが違います。
若い人はきっとノスタルジーなどと言うでしょうが、多分そうではない。実際凄いんですね。
蟷螂の斧
2016年07月18日 07:24
>京マチ子

まさに悪女
あの眉毛も独特です

>一家の最後の様子をある程度知っている看護婦に訊かないのが少し弱い

あのお婆さんが逮捕されるかと思いましたが・・・・
オカピー
2016年07月18日 20:27
蟷螂の斧さん、こんにちは。

>京マチ子
言わば、かまとと悪女ですね。

>あのお婆さん
警察が固定観念即ち思い込みを持っているのですよね。ある意味、これもまた怖い。

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