映画評「アデル、ブルーは熱い色」

☆☆☆(6点/10点満点中)
2013年フランス=ベルギー=スペイン合作映画 監督アブデラティフ・ケシシュ
ネタバレあり

フランス人の映画に対する度量の大きさには頭が下がる。文芸大作でもない、かかる現代文学的恋愛映画を3時間かけて見せることが許される。監督は劇場では日本初お目見えになるアブデラティフ・ケシシュ。

高校生の文学少女アデル(アデル・エグザルコプロス)が、同校の先輩学生と上手く行かなくなった後、街角で見かけた美大生エマ(レア・セドゥ)とレズビアン・バーで再会し、精神的な思慕から徐々に深い同性愛関係に入り、所期の希望通り小学校教師になると展覧会への出品もぼちぼち果たすようになったエマと同棲を始めるが、彼女が女流画家と過ごす時間が増えると、寂しさから男性の同僚と火遊びをしてみる。ところが、これをエマが許さなかった為に破局する。

多くの方が指摘されるように、同性愛・異性愛という区別を凌駕する普遍的な恋愛映画に昇華している、と思われる。そこに愛のあり方を純粋に見つめようとする作者の高い志があるような気がする。その一方、異性愛・同性愛への志向の違いを色々な角度から寓意させようとしているところもあるらしい。
 例えば、アデル扮するアデルがスパゲティ好きなのは本質的に異性愛志向、レア扮するエマが牡蠣(かき)好きなのはレズビアン指向をぞれぞれ暗喩するものだそうである。日本でも下世話としてよく言われるものでありますが、やはりフランスでもこの点は同じなのでありましょうか。

個人的に興味深かったのは、日本でもよく読まれるラクロの「危険な関係」と、日本ではあまり読まれない(同じくレア・セドゥの出演した「マリー・アントワネットに別れを告げて」にも出て来る)マリヴォーの大長編「マリアンヌの生涯」についてかなり長く語られる部分である。哲学についても語られる。とにかく、フランス人はよく議論をする。アデルを含めた生徒らがアデルとエマとの関係を巡って口論になる部分ですら民主主義的議論の香りが漂う。個人主義の欧米では空気を読むことはさほど大事ではない。きっと欧米のインテリは日本より生きるのが楽だろう。

さて、数年ぶりに展覧会でエマと再会しても、同好の士に囲まれた彼女を見るにつけ、怏々として楽しめないアデルが会場を後にする幕切れのムードが大変良い。エマのような冒険をしないアデルは、二人の住む世界が決定的に違い、もはやその人生において遡及できないことに気付くのである。

全体として、フランス恋愛映画らしい面倒くさい印象が禁じえないこと、無駄に長いとは思わないし退屈もしないが積極的に面白いとも言えないことから、評価はまあまあとしておきましょう。

「マリアンヌの生涯」はなかなか読めないので甥っ子に大学図書館から借りてきて貰おうと思っている。今年の夏休みはアメリカへ研修に行くらしいから、来春になりそうだけど。

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この記事へのコメント

ねこのひげ
2015年05月24日 16:36
ホント!フランス人は、議論好きでありますね~めんどくさい友人がおりました。

異性愛同性愛・・・・どちらでもよいように思えますが、同性愛というだけで殺されることもあるのが不思議でもあります。
オカピー
2015年05月24日 18:14
ねこのひげさん、こんにちは。

>フランス人
割合高慢で、フランス式英語をしゃべるので困りました。

>同性愛
日本は元来同性愛には寛容な方で、井原西鶴は「男色大観」で男色の方が潔くて良いと言っているくらい。明治以降西洋の同性愛嫌いが輸入され、現在では西洋と逆転しているようですね。
西洋人の嫌悪は、キリスト教原理主義でしょうね。とにかく子供を生まない非建設的な行為は神のご意向ではないということでしょう。
zebra
2015年10月08日 22:12
ボクは基本 コメントするときは おちゃらけ オバカな内容で書きます。
(そっちのほうが ノリがいいから)

が・・・この作品の場合には そのノリが合いそうにないので、思ったコトをそのまま書きます。
<エマのような冒険をしないアデルは、二人の住む世界が決定的に違い、もはやその人生において遡及できないことに気付くのである。>

このふたりは 惹かれあってたって 結局 温度差がありすぎたんだよ。生活してきた環境も 本人の志向も・・・

 ちなみに フランスの三色旗のブルーは矢車草と表現されるそうですが ヨーロッパ原産の 青が美しい花だそうです。エマそのもの・・

けど・・・青い髪のエマは アデルにとって「高嶺の花」だった気がする。

だからこそアデルは憧れた・・・体験もした・・・が、アデルの環境とエマとの環境のには 温度差がありすぎたのさ。

<怏々として楽しめないアデルが会場を後にする幕切れのムードが大変良い。>
のちにエマの個展に現れた時 青い服を着ていたが アデル自身はその青を象徴としたイメージフラワーの”矢車草”に なれたのかどうか?

同じ同性愛風の作品で 今は亡きレスリーチャン主演の 当時の香港 中国の合作で「覇王別姫」がありましたけど サブタイトルが ”さらば わが愛”と掲載され
ておりました。
 アデルも また そう言い残して去っても おかしくないんじゃないかな?
フランス言語で ”Adieu à l'amour des gens ”とも

 終わりは また 新たな始まりでもある・・・
オカピー
2015年10月09日 22:16
zebraさん、こんにちは。

今回はなかなか文芸的ですね^^
品が良いzebraさんもなかなか良いですねえ。

>温度差
二人の職業からして、アデルは僕と同じ左脳人間、青い髪のアデルは右脳人間ですよね。合う時は合うが、合わなくなると全く合わない、という感じではないでしょうか。

>矢車草
去年何も作っていない我が家の畑に綺麗に咲いていましたよ。今年は他の野草に駆逐されたのか、咲かなかったなあ。
本当に綺麗な色で、野草とは言え、刈ることができなかったです。
多分平凡な結婚をするアデルの一時期を飾るアヴァンチュールとして“青く”記憶されるのではないでしょうかねえ。

>Adieu à l'amour des gens
おおっ、フランス語が解りますか。
僕は、ロシア語専攻で、第二語学をフランス語にするという選択肢もありましたが、専攻のロシア語が余りに難しくて、簡単な英語にしましたよ。
今にして思えば、少し苦労してもフランス語にすれば良かったなあ。
zebra
2015年10月09日 23:36
あまり書くと さびしくなるけど・・・

初恋の少年が あこがれた年上のお姉さん・・・
なんか少女アデルが そんな風に見えました。

結局破局して 個展でアデルが 去り際に「わらば わが愛しの人」 なんてガラにもないセリフをいいそうでした。いや、背中がそう 訴えてるのかも・・・

オカピーさん、こんなコメント 二度とは書きません。自分も この雰囲気はガラじゃないもんで
オカピー
2015年10月10日 19:02
zebraさん、こんにちは。

バットマンも二面性があるのですから、良いではないですか^^

最初のコメントで、「青い髪のアデル」と書いたのは勿論「青い髪のエマ」の間違いです。お詫びして訂正いたします。

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    Excerpt: 美尻実存は愛本質に先立つ 公式サイト。フランス映画。原題:La Vie d'Adele:Chapitres 1 et 2、英題:Blue Is the Warmest Colour。ジュリー・マロ原.. Weblog: 佐藤秀の徒然幻視録 racked: 2015-05-19 15:51