映画評「愛怨峡」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1938年日本映画 監督・溝口健二
ネタバレあり

溝口健二が監督した本作は既に観られないと思われていた作品であったが、比較的近年この不完全版(108分のところ89分)が発見されてDVD化され、隣町の図書館に置いてあったので借りて来たという次第。

信州の温泉宿で女中をしているふみ(山路ふみ子)は、若旦那の謙吉(清水将夫)と懇ろになって妊娠するが、古風な観念に縛られている父親(三桝豊)が良い顔をしないので、東京に駆け落ちする。しかし、碌に働く気もないお坊ちゃんの謙吉は連れ戻しに来た父親に逆らえず、僅か50円を子供の養育費として置いて実家に戻ってしまう。アコーディオンの流し芳太郎(河津清三郎)に励まされた彼女は女給として働くうちにすっかりあばずれになってしまうが、再会した伯父さんの勧めで芳太郎と漫才コンビを組むことになり、信州へ興行へ行った時に今では主人として旅籠を営む謙吉と出会い、無償の愛を貫く芳太郎の計らいで女将になる。すると隠居していた父親がのこのこ出てきて説教、謙吉はやはり逆らうことが出来ない。意地になったふみは再び芳太郎とコンビを組む。

原作は川口松太郎ということになっているが、実際にはトルストイの「復活」をベースにしたアイデアを溝口と共同で脚本を書いた依田義賢に提出しただけらしい。
 しかし、芳太郎には川口の書いた小説の中で僕が好きな「鶴八鶴次郎」の鶴次郎の面影があり、こうした人物設計にも関与している可能性が高い。鶴次郎が鶴八に嫌われるように振る舞って彼女の許を去っていったように、芳太郎はふみが意地となって謙吉と再び結ばれようとしないのを知り、わざと悪童を演じて去っていくのである。
 ところが、こちらのヒロインはなかなか凄い。メロドラマ的ながら溝口作品らしくどこかハードボイルドな女性で、実は彼の演技を知った上でその計らいを素直に受けていたのである。
 しかるに、謙吉は、感嘆すべき男性である芳太郎とは対照的に優柔不断で男気がなく、碌な男性が出て来ない溝口作品の中でも情けない男のトップクラスと言うべし。おかげで本来結ばれるべき二人が結ばれるハッピーエンドになった次第。

楽しめたのは少々極端とも言える人物造形によるところが多いが、ちょっとした演劇にもなっている戦前の漫才の模様など風俗的に興味深い点も少なくない。

フィルムに雨が激しく降っているがコマが飛んでいる部分は余りない。音声は予想よりずっと良好で、序盤に小さすぎて聞き取りにくい部分がある以外はまず問題なし。

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この記事へのコメント

ねこのひげ
2014年10月23日 17:13
三人で頭を突き合わせて、あ~でもないこうでもないと考えて完成したんでしょうね。
言葉少ないのがよろしいです。こちらの想像力を掻き立てます。
フィルムに雨が降るのも良いですね。
場末の劇場が懐かしくなります。
デジタルでは雨の代わりに何が降るんでしょう・・・
オカピー
2014年10月23日 20:36
ねこのひげさん、こんにちは。

>三人で頭を突き合わせて
共同で脚本を書くと言うのは、余程意見が合わなければ別ですが、楽しいでしょうねえ。余り多いと「船頭多くして船山に上る」になりがちですが。

>デジタルでは
フィルムを知らない人にとっては当たり前なことになるのでしょうね。つまらないですが、しようがない。

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