映画評「生れてはみたけれど」

☆☆☆☆☆(10点/10点満点中)
1932年日本映画 監督・小津安二郎
ネタバレあり

欧米と違い、日本の戦前映画は焼失したものが多く余り観られないので、堂々とは言えないのであるが、少なくとも僕が観た戦前の日本映画のうちでは一番の傑作であると思う。一番最初は自主上映か何かで文字通りの無声状態で観た。本当に感動したのはTVで弁士付きのバージョンを観た二回目である。弁士があるとなしでは相当理解に差が出るものと思い知った。サイレント映画がきちんと理解できれば、今の映画など“お茶の子”だろう。

本作のタイトルは、厳密に言うと、「大人が観る絵本」というサブタイトルが頭に付く。

夫婦と二人の子供から成る一家が麻布から郊外へ引っ越してくる。課長の父親(斎藤達雄)にとっては専務(坂本武)が近所にいる為都合が良いらしい。
 そんな大人の事情があるとはつゆ知らぬ、二人の腕白息子(菅原秀雄、突貫小僧)は当初虐めてきたお山の大将を、ビールの注文情報と引き換えに酒屋の小僧(小藤田正一)にやっつけてもらう。かくして大将の子分は全て二人の配下に収まるが、ここでいきなり誰の父親が一番偉いか大騒ぎになる妙。

歯の取り外しができるから偉いとか、重役の車より立派な車を持っているから偉いと言ったら霊柩車であるなど、子供らしい他愛なさが大いに楽しめる。

兄弟の配下の一人は重役の息子である。で、重役の家で行われるホーム・フィルムの上映会に出席させて貰うことになる。が、フィルムに現れる父親は普段の威厳はどこへやら、専務の太鼓持ちに過ぎないではないか。これにがっかりした二人は父親に反抗してハンガー・ストライキに入る。父親は「それが気に入らないなら、もっと偉くなれば良いではないか」と宥める。

三分の二くらいは子供たちの他愛なくも可笑しい日常風景を活写しているのだが、これは大人社会のヒエラルキーを浮かび上がらせる為に置かれた仕掛けである。子供社会にもヒエラルキーはあるものの、現在の陰湿ないじめは知らず、本来はいとも簡単にその関係はひっくり返るし、すぐに和解に至る極めてのどかなものであった。
 しかるに、大人社会はそうは行かない。日本人の大半を占めるサラリーマンなどになったらそう簡単に「偉く」などなれるものではない。大人の闘争は子供の喧嘩と違って表面的には礼儀正しくてもその裏で駆け引きが行われ、下でくすぶっている者にとってはそれは悲哀に満ちたものである。

子供たちもこうした大人社会の厳しさがおぼろげながら解り、ストライキの朝子供の手前躊躇している父親に「(専務に)あいさつしたほうがいいよ」と言う。

子供たちの部分はともかく、大人社会の闘争とサラリーマンの悲哀に関しては今でも殆ど通用する普遍性があるだろう。僕もその悲哀に耐え切れず辞めた口だから、終盤涙を禁じ得なかった。
 幇間サラリーマンの悲哀を描いた邦画は戦後無数に作られたが、子供の闘争との類似と対照とを利用して、これほど鮮やかに描き切った作品を外に知らない。アメリカ映画なら「アパートの鍵貸します」(1960年)が筆頭。

悲しくてもサラリーマンをやっていたほうが良かった、と今となってはつくづく思う。少なくとも安心して「足るを知る」幸福を味わえる。楽ができてそこそこ給金も貰える地元の市役所にはコネがなくて入れなかった。当時殆ど高卒の受験生のなか大卒で公務員試験科目をほぼマスターした僕が試験で負けるはずはなかったのだ。形だけの試験・・・空しいものを覚えた。

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この記事へのコメント

ねこのひげ
2014年04月13日 06:33
どちらがよいのやらは人生が終わってみなければわかりませんがね。
『アパートの鍵貸します』は泣かせますが、日本のようにラブホテルがないならではの映画でありますな~
まあ、USAの場合はモーテルがありますがね。
オカピー
2014年04月13日 15:50
ねこのひげさん、こんにちは。

僕の場合はどうも脱サラは失敗のようです。
脱サラよりも、結局、性格の問題だったと思っておりますが。
色々苦い経験を積んでやっと自分の正体を掴んだ・・・という感じであります。

>モーテル
アメリカのモーテルは色恋より怖い舞台になる印象が強いですね(笑)

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