映画評「ゴーストライター」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2010年フランス=イギリス=ドイツ合作映画 監督ロマン・ポランスキー
ネタバレあり

allcinemaのコメントには「これがキネマ旬報1位の作品か?」という評価が散見される。
 そこで「キネマ旬報 決算特別号」を紐解くと、64名の評者による総得点が144で、3位の「英国王のスピーチ」の130と14点しか違わない。得点を入れた評者は僅か25人で全体の39%に過ぎず、満点を入れた人も僅かに2人、入れた評者の平均点が5.76と1位の作品としてはかなり低い。
 つまりこの作品の出来栄えがどうこう以前に昨年日本で公開された洋画はどんぐりの背比べだったことが現象として伺えるわけだが、恐らく「キネマ旬報」史上最低得点獲得率(全得点の4%。理論上の最高は18.18%)のNo.1作品だと思う。最近は映画批評家も多様化している為票がばらける傾向が強いとは思っていたものの、余りの低さに改めて吃驚した次第。
 その一方で、本作の原作者と名前の似ているトーマス・ハリスの小説をジョン・フランケンハイマーが映画化した傑作「ブラック・サンデー」(1977年)は投票した3人の評者が全員満点を進呈している。余りの旧作である為かつての「風と共に去りぬ」(1939年)同様ご遠慮された方が多かったのだろうが、もしそうした遠慮がなければ恐らく昨年のNo.1洋画はこちらのハリス原作映画だったにちがいない。見る気満々だったのに政治的配慮で公開が見送られてがっかりした僕はその7,8年後に万のお金を出してLD(レーザー・ディスク)を買ったが、今観ると画質がひどすぎる。いつかWOWOWさん辺りが放映してくれるに違いないから、その時再度鑑賞してきちんと評価してみたい。勿論永久保存版を作る。

それはともかく、本作はロマン・ポランスキーがロバート・ハリスのベストセラーを映画化したサスペンスで、旧作で言えば「フランティック」の空気感に近いだろうか。

アメリカに滞在中の元英国首相ピアース・ブロスナンの自叙伝を執筆中のゴースト・ライターがフェリーに車を置いたまま海岸で溺死体で発見されるという謎の死を遂げた為ユアン・マクレガーが後継者に選ばれ、原稿は門外不出と決められている為夫人オリヴィア・ウィリアムズや秘書兼愛人キム・キャトラルを含む彼のチームが暮している東海岸の島の屋敷に軟禁状態で前任者の原稿を推敲することになる。

この島の環境描写が抜群で、ミステリー的に環境が重要な要素となっている為自ずと映画的興奮を誘われる。

ここに至る前本土で早々に囮原稿のひったくりに遭ったり、島から本土に出た後車に追跡されたり、徐々に優れた環境描写を土台にサスペンスフルなムードが増していく。そこにはハッタリもまやかしも誤魔化しもない。その製作態度だけでも本作におけるポランスキーは高く評価されるべきで、キネ旬1位の歴代作品と比較すると不満も多いが、間違いなく近来珍しい程映画的なサスペンスと言える秀作である。

さて、折しもブロスナンがテロリスト拷問に関与する人道の罪で元外相ロバート・パフから責任を追及されるという事件が起き、主人公は益々身動きがとりにくくなるが、或る時客専用の車で外に出るとカーナビに案内されてフェリー乗り場へ送られ、さらに元首相と繋がりがある教授の家に辿り着く。

後段で詳細は判明するが、これは死んだ前任者の遺志を受け車の面倒を見ていた使用人が仕組んだものに違いない。主人公が自転車で島を巡る時彼は最初に「雨が降るから」と車を強く薦めている。僕の推測だが、実は外相内通者であった前任者と関与していたと想像される使用人は何とか車を使わせたかったのではあるまいか。
 かくして後日車を使った主人公は元首相がCIAの梃子入れで政治家になり米国の傀儡に過ぎない首相にまで上り詰めたという事実を探偵よろしく掴んでいくのだが、現実のブレア首相を思わせる際物(際どいものの意味にあらず。実際にあった事件を直後に小説化・演劇化・映画化したものを言う)的要素も多くニヤニヤさせられる。

主人公は、ワシントンから戻ってきたブロスナンが飛行機から降りた直後戦死した兵士の家族か何者かに暗殺された後遂に本当の黒幕の正体を掴む。

本作で一番恐ろしいのは鮮やかな暗示のみで断裁的に処理される幕切れだが、それとは別に観客の誰もが最後に知る黒幕が元首相の暗殺に関わっていることも想像されるわけで、そこまで推理すると怖いのは人間なる生き物ということになり、人間不信に陥ること必定。但し、一回観た限りにおいてそこまでは断定できない。主人公もそこまで想像できなかったから安易にその人物に「自分は真相を知っているよ」と合図を送ってしまったのだろう。しかし、合図しようがしまいが恐らく彼は、ゴーストライターに選ばれた時にああいう形でこの人間喜劇という舞台から降りる運命のレールに乗せられたのだ。

終わってみれば、呉越同舟ならぬ、呉越同館。

この記事へのコメント

2012年09月07日 12:37
最近観た中ではこれがいちばんよかったです。出だしのフェリーから、いいんですね。曇り空が続く風景が主人公のもやもやと呼応し合っているようで、ゴーストライターという立場もこのおはなしにふさわしい。どぎつい場面がないサスペンス映画を久しぶりに観た気もしました。

ポランスキー監督は、ヒッチコックを意識しているようですね。主人公が訪ねた大学教授の家にはなぜか犬の絵がいくつも壁にかかっていて、主人公が座らされた椅子の背後に猟犬の絵が二つかかっているんです。犬がじっと主人公を背後から監視しているみたい。あのへん、「フレンジー」の犯人の部屋になにげなく青白い顔の女の絵が飾ってあるおかしさに通じるものがありました。
ラストはほんとうにこわかった。でも、きれいなデザインでまとめられてました。
オカピー
2012年09月07日 19:28
nesskoさん、こんにちは。

>ヒッチコック
僕が引き合いに出した旧作「フランティック」も巻き込まれ型のサスペンスで、allcinemaの解説者もヒッチコックと軽く比較しています。
ヒッチコック映画の開巻直後はいつも素晴らしいのですが、「フレンジー」の空撮から殺人現場へノーカットで入っていく超絶技巧にはシャッポを脱ぎました。あの開巻のワン・ショットだけでもあの映画を観る価値があります。
現在は実写の間にCGを挟むことによりいとも簡単にああいうワン・ショットが出来てしまうので、僕らが受けた感動は今の若い人たちには解らないだろうなあ。ああ、つまらない。

>犬の絵
あらら、全然気がつきませんでした。

>きれいなデザイン
確かに良く設計された作品でした。
皆さん、カーナビへの疑問を投げかけるのに、使用人の言動が不審なのを見過ごしてはいけませんかねえ。僕はあの使用人は前任者から何か言付かっていると思います。
幕切れ直前の謎解きも元首相の議員になった経緯が解明されただけではないでしょう・・・
ねこのひげ
2012年09月08日 06:01
ヨーロッパはおもしろいですよね。
ポランスキーは、アメリカでの少女への淫行から逃亡してヨーロッパにいるんですが、ちゃんと仕事をあって映画を作れるんですからね~
本人は、無罪を主張してますが、まぁ、やっているでしょうね~
ナタシャー・キンスキーとは15歳の時から関係しているからな~
日本だと仕事はないでしょうね~

でも、ふだんの行いはともかく、映画はいいですね。
『戦場のピアニスト』もよい作品でしたし、『おとなの喧嘩』もおもしろかったです。

『フレンジー』は凄かったですね。空撮で全体を見せて、そこから、犯行現場へ・・・
ネクタイというのがリアルで、はでにやらなくても恐怖感がわくという実例でありました。
さすが、ヒチコック!
オカピー
2012年09月08日 20:00
ねこのひげさん、こんにちは。

>ヨーロッパ
欧州人とネイティヴ・アメリカンとアフリカ人が寄り集まって構成されているアメリカ人は、恐らく行きぬく為に、強い道徳観が維持されているようです。
フランス映画や日本映画が戦前から女性の裸を出していたのに比べる(邦画は殆どないけど、何かの映画で観たことがあります)と、かつてのアメリカ映画はヘイズ・コードの為に裸は勿論ご法度、汚い言葉もダメでしたから。
つまり、その道徳観がいつまで経っても銃規制できない理由とイコールということですね。

>『戦場のピアニスト』
名品ですなあ。
これは21世紀になってから僕が観た中では恐らくベスト1ですなあ。
カット割りや呼吸が抜群、映画の作り方を知っている人が作った映画でしたねえ。

>『フレンジー』
その前の「トパーズ」が不評(本人は出来の悪い脚本を変えたかったらしいけど、契約上の理由でできなくて悔しがったらしい)だったので、気合を入れて作ったのでしょうが、開巻直後はいうまでもなく、全編素晴らしかった。
殺人を描かない間接手法による恐怖醸成。カメラが階段を下りて家から出て行く間我々は想像をたくましくして戦慄することになる。思い出しても震えちゃう(笑)。

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