映画評「誘惑」

☆☆★(5点/10点満点中)
1948年日本映画 監督・吉村公三郎
ネタバレあり

「安城家の舞踏会」という邦画史上有数の傑作をものした吉村公三郎と新藤兼人の監督・脚本コンビが再び組んだドラマだが、結果は余り芳しくない。

画像

代議士・佐分利信が恩師の墓参に詣でた時その遺児である21歳の女子医大生・原節子と遭遇、結核を患って海岸で療養中の妻・杉村春子のいない家に、中学生の娘(好丘直美)と小学生の息子(河野祐一)の家庭教師たる名目で寄寓させることにし、彼女と同じ学生アパートで暮らしていた大学生・山内明がヤミ行為で逮捕された時も色々と面倒をみる。
 月に一度の訪問として一家を迎えた妻は若い女学生に感謝の念を述べながら自分のいない家での同居に心中不安を隠せない。
 案の定、月日が経つに連れ互いに慕情が募っていくも、真面目な女学生たるヒロインは父の弟子でもある代議士の愛を受け入れるわけには行かず、短い服役の後に出て来た山内青年の帰郷に伴う求婚に応じることにする。が、折しも嫉妬の余り病状が悪化、すっかり諦観して心変わりした細君に後を託された為青年との約束を反故にし佐分利氏の家に駆けつける。

画像

敗戦による民主主義・自由主義の到来で戦後の映画関係者は半ば強迫観念にかられ、結婚という形態さえも古俗の象徴であるかのように何ら心理的背景のない不倫映画もどきを相当作ったようで、若手ばりばりだった新藤兼人氏もその風潮に乗った作品をかなり発表しているが、僕の観た作品群から判断する限り玉よりは石の方が多かったというのが実際のところ。

前半は比較的ゆったりしながらもリズム良く進行してなかなか良い。しかるに、彼女が浜辺の療養所を訪れてから些か調子が狂い出す。
 まず、療養中の夫人が原節子が縄跳びをするのを観てその溌剌とした若さと健康に嫉妬する場面は相当強烈である一方、描写が長くて過剰、大袈裟に言えば作者の異常さを感じさせるくらい。

画像

そこを過ぎてからは展開がちとご都合主義的かつ拙速になり、家に戻って佐分利氏がヒロインを襲おうとする時に病気の妻が恐怖映画のようにスッと現われ(上の写真)彼女を激しく糾弾したのも束の間、そのせいで病状が悪化して子供たちの為に家に残るように言われたヒロインは躊躇せずに青年の申し出を反故にする。
 元来佐分利氏が好きであったわけだから彼女の行動自体は可笑しくないものの、古い道徳観をも持ち合わせているように見えた彼女が青年に対して罪悪感を感じたりジレンマを覚えたりするそぶりが少しもなく、もはやそれが当り前のように振る舞われてはもう少し感情の揺れが観られるものと期待している観客としては肩すかし。モタモタして退屈するよりは良いかもしれないが、拙速なのも五十歩百歩である。

細君にしてみれば彼女には子供たちを託したのであって佐分利氏はおまけで付けてあげるくらいのところだろうからヒロインが幕切れに見せるはしゃぎようは常識を疑わせる。細君がもう少し悪女的であれば、メロドラマとしてめでたしめでたしと見られるお話だが、下手に道徳観をちらつかせた為に作品の性格が中途半端になって却ってすっきりしない幕切れになったのである。

考え方によっては異色作ですな。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント

2012年05月08日 18:44
内容は大体分かりました。後は演出のニュアンスの問題で、コレばっかりは観なくちゃ分からない。
脚本を書いた新藤さんのごり押しがあったのかなぁと思いましたが、年齢もキャリアも吉村さんの方が上だったんですね。
この監督、ワイラーも一目置いていたとモレ聞いておりましたが、ムラのある人だったんでしょうか。
未見ですが「安城家の舞踏会」のallcinemaのコメントが両極端で可笑しかったです。
オカピー
2012年05月08日 21:43
十瑠さん、こんにちは。

年齢差はともかく、吉村公三郎氏は戦前から作っていますから、新藤兼人氏のほうが「はいはい」と書かされたのかもしれませんが、少なからず観たフィルモグラフィーから判断すると、戦後数年間の新藤氏の趣味が強いような気がします。

これ一部で評価する人もいて、今「日本映画批判」を読んでみると、双葉さんも部分的に良いと仰っています。但し、簡単すぎるコメントなので具体的にどこが良いのか解りませんでした。吉村監督を割合ご贔屓にしていたようで、地理的感覚が良いとのこと。但し、本作の次の次の「嫉妬」には相当憤慨した模様(笑)。

>ワイラー
ふーむ、「安城家の舞踏会」を観たのでしょうね。この映画は洋画みたいな感覚がいっぱいなんですよ。
死ぬまでに一度は観ておく価値はあると思います。それでダメだったらそういうものと思えば良いわけで・・・
僕は二回観ていますが、二回とも感心しました(面白かったと言うべきか)。50代の今観ればまた違うかもしれませんが、感心した事実は変わりませんから(笑)。

この記事へのトラックバック