映画評「道」

☆☆☆☆★(9点/10点満点中)
1954年イタリア映画 監督フェデリコ・フェリーニ
ネタバレあり

フェデリコ・フェリーニの単独監督作品は全部観ているが、タイミングが悪くブログを始めてからは余り観ていない。よって記事も少ない。折しもWOWOWが不作ということもありNHK-BSハイビジョンでやっていたイタリア(映画)特集からこの余りにも有名なフェリーニ作を観ることにする。

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家族を食べさす為頭の鈍い娘ジェルソミーナ(ジュリエッタ・マシーナ)が、胸に巻いた鉄の鎖を引きちぎる芸を見せ物にする大道芸人ザンパノ(アンソニー・クイン)に買われ、少しずつ芸を憶えて行くうちに粗暴な芸人に去り難い思いを抱く一方で自分の存在に疑問を覚えたある日、綱渡り師(リチャード・ベースハート)に路傍の石にさえ存在する意味があると教えられ、寧ろ自分がザンパノの為にいてやるのだという気持ちになる。が、その直後大事なことを教えてくれた綱渡り師が仲の悪いザンパノに喧嘩の末に殺されてしまって正気を失う。
 ザンパノは重荷になった彼女を眠っているうちに置き去りにして数年後、サーカスの一員として旅をしている最中ジェルソミーナの好きだった曲を耳にする。歌っていた主婦に訊くと、ラッパでその旋律を奏でていた女は野垂れ死にしたと聞き、海辺で悶え泣く。

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ヒロインが頭が鈍くなければならないのは、ドストエフスキーの「白痴」を引き合いに出すまでもなく、善良な人間は計算高い人間の中にはいないからである。そんなジェルソミーナが彼の為にいてやろうと決意した直後に遭遇する悲劇は哀切極まりない。無償の愛はそれに気付かない相手に一方的に拒否されるのだ。
 しかし、真に悲しいのは、自分の為だけに生きて来たザンパノがジェルソミーナの死を知った時初めて他人のことを思い、その不在により孤独という奈落に突き落とされてしまうことである。人間性に目覚め心から流す涙が贖罪になるとは言え、それだからこそやるせない。
 終盤上手く使われるニーノ・ロータが作った主題曲と相まって、迷える人間の悲しき人生行路に見事僕らの涙も絞り取られる。

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ジュリエッタ・マシーナの演技が演劇的(要はオーヴァーアクトということです)であると批判する人がいるが、演劇的であるという指摘はともかく、批判は適当でないと思う。演劇的だからこそ本作を人生の寓話として観ることが可能になるのではあるまいか。彼女の演技はチャップリンを彷彿として大変興味深く、垢にまみれる浮世に遣わされた天使のような純真さに僕は惚れ惚れとした。

♪何でもないようなことが幸せだったと思う~

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この記事へのコメント

2011年02月01日 22:43
「道」はBS放送を録画してDVDに落としているのですが、良く知っているのでなかなか見直しません。未見の名作がまだまだあるもので・・・。
僕は「カビリアの夜」の記事の中で、ジュリエッタを女版チャップリンだと書きました。ジェルソミーナにもそんなところがあったんですね。
ウディ・アレンの「ギター弾きの恋」。あれはアレン版「道」だと紹介しましたです。
オカピー
2011年02月02日 00:44
十瑠さん、こんばんは。

>良く知っているのでなかなか見直しません。
僕もこの「道」は案外観ないですねえ。やっと三回目かな。
それもWOWOWの不調という理由があってやっと。

>未見の名作がまだまだあるもので
僕はこれは少ないですね。大体観ちゃった。
サイレント映画で幾つかめぼしいのが洩れていますが、トーキーでは極めて少ないです。

>女版チャップリン
こちらは文字通り道化を演ずる場面もありますしね。
以前は「カビリアの夜」のほうが好きでしたが、やはり「道」も良いと思いました。幕切れの孤独が身にしみます。

>「ギター弾きの恋」
欧州の巨匠が大好きで「インテリア」でベルイマンに、「ハンナとその姉妹」もそう見えないけれどやはりベルイマンに、「サマーナイト」でジャン・ルノワールに、「それでも恋するバルセロナ」でトリュフォーにオマージュを捧げた彼ですから、案外「道」をなぞったのかもしれませんね。
樹衣子
2011年02月06日 16:01
連投で失礼します。

>NHK-BSハイビジョンでやっていたイタリア(映画)特集

そっかーーーっ!!その手があったのですね。
私が初めて「道」を観たのは、昔のNHK世界名作映画劇場でした。最近は、なくなったと思っていたらBSへ移行していたのですか。
「道」はすごく好きな映画です。喪失感という言葉をこの映画から教わりました。
オカピー
2011年02月07日 00:41
樹衣子さま

その手があるんですよ(笑)。
いや、BSには相当前から移行していて、僕は1000本くらいの映画を録画していますよ。数年前までVHSで、昨年まではDVDで、現在はブルーレイです。
最近より1990年代くらいに物凄い貴重品を放映してくれました。

>喪失感
正にそれを表現している作品でしたね。思い出しても涙が出てきそうです。
シュエット
2011年03月01日 10:11
今日は2月の記事で!!と思った記事にコメントさせていただきますね。
「道」
若い時に見た時って今ひとつわかっていなかったなってつくづく見直して思う。
でも当時もどこか惹かれたんでしょね。ビデオテープでもっております、本作を。見直してみるとこれぞ男と女の愛の原型!
嫌だ嫌だって思いながらついていっているけど、彼にとって私が必要な存在でありたいと思うジェルソミーナのザンバノに対する女心。海岸で慟哭するザンバノの姿にニノ・ロータの哀切たるメロディが重なり胸が締めつけられる。年齢を経てこそ(私には)更に作品の奥深いところまで感得できる作品ですね。先日映画の国名作選という企画で「フェリーニの道化師」を見てきました。フェリーニやはりいいですねぇ。銀幕の世界に見るものを否応なく引きずり込む力! 一緒に見た「暗殺の森」がかすんでしまいました。
オカピー
2011年03月01日 23:11
シュエットさん、こちらにもコメント有難うございます。

先ほど御記事を読ませて戴きましたが、僕と全く同じ解釈、感想だったようです^^

>若い時に見た時って今ひとつわかっていなかったな
どんなに単純そうに見える映画でも本当に解っているかと言われれば実はなかなか気付かない点もあると思います。
「道」はシンプルですけど奥深い。芸術的な追及という意味では「甘い生活」や「8・1/2」に及ばないとしても、ストレートに心に残るという意味ではフェリーニで一番かな。「カビリアの夜」も好きですが。

>「フェリーニの道化師」
映画館で一度、TVで一度観ましたが、まだまだ勉強不足というか人生経験不足というか、この作品はまだ堪能できていないようです。双葉先生が誉めていたものの、残念ながらそこまでの感動はなかった。先生はやはり大人だと思いましたね(笑)。
2011年03月09日 23:08
オカピーさん、こんばんは。
フェリーニは、初期の作品に、やはり、その本質があるのではないでしょうか?
コッポラもスピルバーグもルーカスも黒沢も・・・ベッソンなんかも、自己実現しすぎてしまって、そう、つまり、売れっ子になっちゃうから、この間もお話したように、ある意味、制限のないところで映画作家としてフリーダムに活躍ができちゃうんですよね。ヴィスコンティもフェリーニもそんな気がする。
まだ、制限のあった時代とでもいいましょうか、そんな時代に「道」や「カビリアの夜」を撮ったと言えるのではないかな?また、極端な私見ですが、そう思っちゃってます。
また、このころって、主人公がドストエフスキー的なんですよね。「若者のすべて」のロッコとこのジェルソミーナ、そして、「白痴」の亀田はもちろんですが、ムイシュキン公爵がモデルなのでしょう。
いわゆるイノセントを徹底的につきつめて、社会に押しつぶされてしまう悲劇、そういった描き方が社会批判となっていったのが、後期の「ネオ・リアリズモ」かもしれません。ロッセリーニのリアリズムから情緒的な方向に変化していったように思います。フランスでもクレマンなんか「鉄路の闘い」から「禁じられた遊び」へ変遷してますものね。
現代では、ザンパノみたいな男が多いから、ジェルソミーナのようなイノセントな人間でも「あの胸にもういちど」のレベッカみたいになっちゃうんですよね。
では、また。
オカピー
2011年03月10日 22:40
トムさん、こんばんは。

>初期の作品
殆どの作家について言えそうな気がします。

>制限
双葉師匠も、戦争直前のような難しい時代に良い映画が作られるような気がする、と仰っていましたが、色々な部分の制限が精神的にも緊密した作品が作らせる要因になるのでしょうね。

>ヴィスコンティもフェリーニも
いつ頃からでしょうか、当初フェリーニは変わったなあと思いを抱いた若年時代と全く逆に、幻想描写の中にリアリズムを感じるようになってきましたよ。
ただ、どの作家も、制限がある時代の作品の方がより万人受けする作品を作る傾向があるような気はしますね。

>ムイシュキン公爵
僕もそう思います。黒澤のロシア文学好きは有名ですが、巨匠と言われるほどの作家になればドストエフスキーは読んでいるでしょうから。
「道」はまた独自の立場で、ジェルソミーナとは別に“キ印”(リチャード・ベースハート)がいまして、名前を含めてよりムイシュキン的ですかね。

>現代では、ザンパノみたいな男が多い
両極端になっているのが現代、というより“現在”なような気がします。
樹衣子
2011年11月24日 20:07
オカピーさまへ

『道』を観ました。
ジュリエッタ・マシーナの演技が素晴らしかったです。考えてみれば、イタリア映画の傑作はたくさんありますね。他のフェリーニの作品も観たいといつもレンタル屋さんで探しているのですが、「道」しかないのです・・・。
オカピー
2011年11月24日 21:35
樹衣子さん、こんにちは。

やっと再鑑賞できたんですね。
1970年代いっぱいくらいはフェリーニは神様的な扱いだったんですけど、80年代中盤くらいからだんだん評論家も冷たくなってきましたし、昨今の映画ファンは興味がないのかなあ。

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