映画評「有りがたうさん」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1936年日本映画 監督・清水宏
ネタバレあり

「按摩と女」にすっかり酔わされた清水宏監督の、前述作よりはドラマ性の高い人情劇。川端康成の短編小説が原作。

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南伊豆の下田から天城峠を超えて北上する路線バスの運転手・上原謙は道を譲ってくれた人々に「有難う」と声を掛けるので、色々な人から「有難うさん」と呼ばれて親しまれている。
 今日の客は、東京に売られていく娘・築地まゆみと付き添う母親・二葉かほる、女給か何かのばくれん女・桑野通子、皆から煙たがれるカイゼル髭の紳士・石山隆嗣、等々。

これらの人々に時にはバスが追い抜く人々の描写も交えて、ジョン・フォードの傑作西部劇「駅馬車」を思い出させるグランドホテル形式で人生模様を展開していく。桑野通子が正に「駅馬車」のクレア・トレヴァーみたいで、最後には粋な活躍をする。

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映像的には海沿いから峠を越えるオール・ロケの効果が満点で、道を譲ってくれた行商、旅芸人、学童など種々雑多の人々を必ずオーヴァーラップ(ディゾルブ)で見せていく反復に映画的興奮を誘われる。
 内容的には、現在の日本人が完全に忘れてしまった庶民の度量の大きさと人情ぶりに愕然とさえする。運転手はバスに乗らない人の用足しまで果たし、カイゼル髭以外の人々がそれに関し文句を言わないのはせちがらさが加速度的に進んでいる今日(こんにち)の目で見ると驚異的。清水監督がゆっくりした台詞回しを俳優たちに課しているのも益々その印象を強め、大変興味深い。

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しかし、そうした悠然たる様の裏に大変厳しい社会的環境があることを忘るべからず。不景気の最中で若い娘は身売りし、青年は乞食になるか山師にでもなるかという時代である。
 その中でもバスが追い抜く人々の中にいる朝鮮人労働者の場面は強く印象に残る。日本人の為に道路を整備しながら基本的に彼らはその道を歩むことはないことを踏まえた、「日本の着物を着て有難うさんのバスに乗りたかった」という娘の台詞にはじーんとしないではいられない。追い掛ける彼女がカーブにより見え隠れし、バス内部の様子を挟み、忘れた頃に突然バスの近くに座っている彼女を映し出す、というカット割りもお見事だった。

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本作の登場人物には殆ど名前がないが、「伊豆の踊子」の薫(上画像の右)が名前付きで登場するのでご注目あれ。

ジョン・フォードはどこかで本作を見たのかな?

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この記事へのコメント

シュエット
2009年07月21日 10:13
退院おめでとうございます。
退院後直ぐでTBいいのかな?って思いつつ、やっぱり嬉しいからTBとコメントしちゃいます。
「按摩と女」でも同じ記事をTBしたけど、「有りがたうさん」の記事書いているからもう一度TB。
>ジョン・フォードはどこかで本作を見たのかな?
ね、ね、私も日本版駅馬車だわって思ったら、本作の方が先なんですよね。なんだか嬉しくなってきたし、こんな感覚をもっていた人がいたなんて。いやぁ、この作品は嬉しかったな。一番初めにこれを観たんですっごく好意的に以降の清水作品を鑑賞できました。
この作品でも彼独自の構図が見えますよね。
そして思うのが本作の桑野通子、「按摩と女」の高峰三枝子。女優の凛とした品格がどれだけ映像を引き締めているか!。 女優あってこその映画ってすっごく感じました。片方で田中絹代のような泥臭さのある女優がまたもてはやされたのかもしれないけど、私はやはり毅然とした品格を放つ桑野通子や高峰三枝子のような女優の方がいいな。
シュエット
2009年07月21日 10:13
すみません、長くなって。
しかしこんな作風も戦争によって分断されてしまったのは惜しい。
イタリアのように映画を文化として考える国であったなら、こんな作品も継承されていったのだろうけれど、日本では映画も娯楽演芸の中にあったんでしょうかしらね。
本作にTBできて、こうしてコメント入れられて嬉しいです。
「按摩と女」で止まってしまいましたものね。
お気遣いなくね。こうしてお邪魔して、P様の記事拝読しお話できただけで嬉しいです。
お疲れ出ませんように!
オカピー
2009年07月22日 11:39
シュエットさん、こんにちは。

今は溜めてある映画評を放出しているだけで、頭も体力も大して使っておりませんので、ご安心ください。
TBも少しずつ返したり送ったりしていますので、問題ありません。
食事が色々と制限されているのが一番きついです。(笑)

>構図
お話の構図と画面の構図両方に特徴のある監督ですね。
本作では完全な清水タッチというところまでは行っていませんが、縦方向をこんんなに意識して映画を作った監督は他にいないじゃないかな。

>女優
僕も高峰三枝子と桑野通子は素晴らしいと思いましたが、「簪」の田中絹代に対してもさほど悪い印象は持たなかったです。非常に面白い使い方でしたけどね。

>映画を文化として
映画会社自体がその生産物を消耗品として考えていてきちんと保存する気などなかったから、日本のサイレント映画の90数パーセントは永遠に観ることができない。セルロイド製のフィルムが燃えて影も形もなくなってしまいましたから。
作風という点でも仰る通りでしょうね。

程々に映画を見て程々に映画の話をするのが元気の源という感じがしております。TB・コメントご遠慮無用ですよ。
2013年03月11日 22:29
オカピーさまへ

>現在の日本人が完全に忘れてしまった庶民の度量の大きさと人情ぶりに

そういえば、原作者である川端康成の最初の新聞小説のタイトルが「美しい!」でしたね。
映画の中で登場する人々、弱い人々への視点は川端文学に忠実に通じていると思います。
その点でも、この映画は、予想以上にとてもよく出来ているし、素晴らしかったです。
バスの運転手役の上原謙のクールな美青年ぶりにも感心しましたが。
オカピー
2013年03月12日 20:42
樹衣子さん、こんにちは。

>川端康成・・・「美しい!」
今頃になって発見されるとは、意外な感じがしますね。
有名な作品しか読んでいませんが、彼の作品は“美しい”です。
清水監督の、特にこの時代の作品は“映画的に”美しくて陶酔しました。

>弱い人々
薫も駒子もそうですね。

>上原謙
息子・加山雄三のほうがモダンで、父親の美男子ぶりはヴァレンティノと同じく、少々ピンと来ないところがありましたが、この作品ではよく解りました。

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