映画評「クライマーズ・ハイ」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2008年日本映画 監督・原田眞人
ネタバレあり

横山秀夫の同名ベストセラーを原田眞人が映像化した秀作。べストセラーの映画化は余程上手く作っても原作ファンからは批判されるものだが、映画ブログや映画サイトといった半ば公的に“映画”を語る場において語るのであれば、小説から映画に変換する際に作者が何を取捨選択し、その為に主題や狙いをどう変えたか(または変えなかったか)慎重にアプローチしなければ、観る前にコメントを読む映画ファンに害ばかり与えることになる。

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1985年8月12日、群馬県の地方新聞社の遊軍記者・堤真一が販売局の高嶋政宏とロッククライミングに出かける直前、例の日本航空123便の機影が消えるという事件が発生、その場でデスクに任命されるが、一匹狼的な生き方故に、その後一週間に渡り部長、次長、販売局長、部下、果てはセクハラ社長・山崎努まで巻き込んで修羅場を繰り広げていくことになる。

というお話が、母親に引き取られ現在はニュージーランドにいる息子に20年以上も逢いに行かない主人公が8月12日当日にくも膜下出血で倒れた高嶋の息子・小沢征悦とロッククライミングをする現在とクロス・カッティング(カットバック)しながら展開している。

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クロス・カッティングが煩くて気が殺がれる嫌いがなきにしもあらずだが、徐々に佳境へと進んでいく事故取材の緊張感を高める一定の効果はあるだろう。

“クライマーズ・ハイ”というのは登山の興奮により恐怖を忘れてしまう状態を言うらしいが、新聞社全体がそのような状態になるのに反して、特ダネを迷った末にガセネタの可能性ありとして捨ててしまう主人公の判断へのアンチテーゼになっている。彼にはガセネタかもしれないものを発表するほど特ダネに対する高揚感はなかったのである。高嶋の妻・西田尚美の「夫はあなた(=堤)を山から下ろしたがっていた」と言う言葉と密接にリンクしているし、その意味で主人公は記者として少年時代に憧れた「地獄の英雄」の記者カーク・ダグラスとは全く違う道を歩んだことにもなる。

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そして、高嶋ジュニアの言葉、記者の堺雅人から渡された遭難者(父親)の家族に向けた遺書を読んだ時の記憶に押され堤は遂に現地人の妻との間に娘を儲けた息子に会いに行く気になる。取って付けたような幕切れの感は否めないが、心理の流れとしては無理がなく、彼の心の中にあったもう一つの“登山”から下りたことになるのだろう。

しかし、この部分は“映画的に”さして面白いものではない。恐らく原作が長編故に排除しなければならない部分もあっただろうし、それ故に多少狙いを変える必要に迫られたのではあるまいか。本作に関し否定的な人(多くは原作を読んだかTV映画版を見た人)は性格描写の薄いことや人間ドラマとしての見応えのなさを指摘するが、彼らの言い分から推察するに、原田監督は主人公以外に関してはそうした人間観察的な要素を極力排除して映画的な要素を抽出、より娯楽的な構成を目指したはずである。

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僕の考えでは本作の狙いは単純、基本的に孤立しがちな主人公と組織的な人物の対照、若しくは組織との対立を軸に新聞社の修羅場を描くことであり、監督の目論見通りその葛藤の激しさがポール・グリーングラスに影響されたような、特に序盤の凄まじく細切れだがなかなか計算されたショットの畳み掛けと相まって映画的興奮を大いに喚起している。この馬力は相当なもので、見やすさに重きを置くTV版とは到底比較にならない。

横山氏は我が群馬県にある上毛新聞社に勤めていたらしい。だから、「半落ち」の舞台も群馬県だったわけですね。

本当の主役は新聞社。

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この記事へのコメント

2009年05月11日 23:47
tbありがとう。
横山原作はほとんど好きですけどね。ろくな映画はないです。
原田監督も、評判の悪い監督なんですが(特に息子遊人の可愛がりかたが)、この作品は結構楽しめました。
オカピー
2009年05月12日 01:55
kimion20002000さん、こんばんは。

>横山原作
「半落ち」も地元が舞台というからというわけではないですが、結構買いましたよ。

>原田監督
息子の扱いはともかく、映画作家としては「バウンス」以降僕は2,3の作品を除いて高く買っていますね。
映画をメッセージを発するものと考えている連中は「原田は役者やっていれば良い」なんて戯言を言っていますが、メッセージなんてものは文学でもジャーナリズムでもできるものだから、そんなに有難がる必要はないでしょう。
彼は映画でしか表現できないものをやっていると思いますよ。
2009年05月12日 20:09
わたしは原作ファンというほど、この方の小説は読んでいないのですが、
原作には原作の、映画には映画のよさがそれぞれあって概ね満足しました。

>主人公以外に関してはそうした人間観察的な要素を極力排除して映画的な要素を抽出、より娯楽的な構成を目指したはずである。

娯楽的な構成が効を奏したのか、わたしは映画版のほうがキャラが生き生きと描かれてて好きでした。
毎回1話完結でドラマとして見てもいいような雰囲気を感じましたね。

2009年05月13日 00:18
プロフェッサー、こんばんは。

この映画、私もDVDで先日鑑賞しました。私はこの日航機墜落事故には自分なりの深い想いがあり、事故のことばかり思い出され、映画の正式な記事は書いておりません。

ただ、私は原作を読んでいないので詳細は不明ですが、本編を見る限り、私が感じたのは悠木は、結局は、山を下山できなかったのではないかと。登ったからには下山するわけですが、彼は登ることを選んだのではないかと。堺が読んできかせたあの搭乗客の遺書、あれによってふたたび魂をふるわされてのではと、感じました。故に息子へも逢いに行ったのではないかと。

そう感じたので、クロス・カットティングは嫌いな描写ではないのですが、私としてはあの描写では心の流れが、リンクがいまひとつピンとこなかったというのが実情です。

2009年05月13日 00:19
序盤の画についてなどは正に同感です。そして結局、大事故に直面した新聞やとその組織の話であると感じます。
それと大きな闇というかこの事故への疑惑もそりげなく描いてますね。

原田監督は、私は好きな監督です。
一番すきなのは、以前記事にもした郷ひろみ主演の「さらば愛しき人よ」です。
Vシネの「タフ」などもすきでした。

おっと、脱線。脱線ついでに映画記事ではないですが、この本編を鑑賞した思わず書いてしまった記事をTBさせていただきます。

では、また。
オカピー
2009年05月13日 03:25
しゅべる&こぼるさん、こんばんは。

僕は原作を読んでいないので、allcinemaの否定的なコメントから、人間描写的な部分を相当端折ったのかなと思いましたが、しゅべる&こぼるさんの記事を読む限りそうとも言い切れないようですね。
allcinemaの登録者にはアンチ原田監督が多いようですぞよ。

>原作には原作の、映画には映画のよさ
基本的にそういう冷静さが既に原作を読んだ方にも必要なんですけどね。
狂信的な原作ファンが映画との差異を以って、映画評のつもりで批判するのは甚だ困りますよ。原作との比較は大事なことですけど、比較の意味を知らない人が多すぎます。
オカピー
2009年05月13日 03:51
イエローストーンさん、こんばんは。

>下山
当事者以外には解らない心境ですが、少なくとも、あの時点で主人公は“新聞社での孤闘”という山を下りてはいないと思います。

しかし、息子に会いに行ったのは、“拘り”という山から下りたのだ、と思います。
その方が親友の夫人が言った言葉に始まる「山から下りる」「山から下ろす」をキーワードにして一貫する作劇のように思えるからです。
僕の計算では現在主人公は60を超えていて新聞社も定年で辞めているかもしれませんし。

>原田監督
当方は、「バウンス」より前の作品は殆ど観ていないんですよ。
しかし、映画をメッセージより娯楽性や視覚的魅力に重きを置いているのは好感が持てます。映画を文学やジャーナリズムと混同している方が多いとは思いませんか? 大事なのは「何を」ではなく「何をどのように映画的に」描くかでしょう。

今は時間的に無理ですので、後でそちらのほうに伺います。<(_ _)>
2009年05月13日 18:31
再度おじゃまします。

>映画を文学やジャーナリズムと混同している方が多いとは思いませんか?

同感です。とくに私は個人的に映画へのつよいある想いがあるので、特に違和感を感じます。

>「何をどのように映画的に」描くかでしょう。

正におっしゃる通りだと思います。

そうであるから、楽しめるわけで、映画的な矛盾も、程度はあるにしろ許せるし、それで成り立つのだとおもいます。
2009年05月13日 18:31
本作は、先述したとおり事故のことばかり思い出されてしまい、今一度映画をじっくり再見してから記事にしようと思っていますが、娯楽性は重いと私も思います。つまり、コメントで「事故の疑惑をさりげなく」と申しましたが、画的にそうですが、真実はどうかは別にして、実はあるきな臭いラインを描いています。当時の首相中曽根、初の靖国公式参拝、当時親方日の丸の日航、そして自衛隊の救助作業。他社の記者のセリフで間接的に発言させていますが、最後の隔壁説をスクープしなかったあの判断。堺演じる記者が見抜いたねつ造の既成事実、そしてそれを信じた悠木。実は大きな疑惑をある意味明確に表現しており、非常に大きなサスペンス要素が含まれています。それに社内の出来事を絡め、仰るとおり、娯楽性と視覚的魅力を深くえがいていると思います。

TBした記事は映画には全くふれていない記事です。
映画記事は近いうちにUPしたいと思っております。
では、また。
オカピー
2009年05月14日 02:22
イエローストーンさん、こんばんは。

賛同して戴いて大変嬉しいです。
調子に乗ってもう少し言わせて戴きます。^^

>映画的な矛盾
仰る通りです。
映画の矛盾や嘘が許されるかはその映画が描いている内容や狙いや描き方によって大いに変わってくるわけで、乱暴な言い方をすれば、一般ドラマでの嘘もSFでは嘘にならないことがあります。
あるいはリアリティ。
よく方言が違うとかいう批判がありますが、方言など違っても良い。方言だなと観客が感じればそれで十分役目を果たしているのです。
時代劇だからと言って必ずしもその時代に沿った行動をしなくても良い場合も多い。何故なら、作者は時代劇に現代を投影しているわけですから。

>娯楽性
と言うと勘違いされる人が多いのですが、映画の娯楽はレジャーではなく、エンターテインメントであるということです。
時間つぶしになったとしか感じられないようでは映画ではないでしょう。

本格的に描く場所ではないので、この辺で。
2010年03月20日 00:16
こんばんは。
ラストに息子に会いに行く、しかも海外というのは、どうも原作を読んだときの記憶にありません。
だいぶ分かりやすく、いい話のエンディングにしたのだなと思いました。
本と映画は、別物だと思いますので、比較はあんまり意味がないんですが、どうしても頭にあって、比べたくなっちゃうんですよね~。
でも、いろいろ脚色があっても、おもしろい映画でした。
オカピー
2010年03月20日 01:23
ボーさん、こんばんは。

>比較
悪いことではないのですが、やるならきちんとやりましょうよ、という感じですね。^^
特に違うことをもって悪口を言ってはいけないです。^^
どうしても気になるなら、何故原作から変えなければならなかったか、変えてはどこが問題なのか追及しませんとね。

ベストセラーになればなるほどとやかく言われますが、大体は原作がそのまま映画になると思っている原作ファンの幻想みたいなもので、映画優先のファンの僕としては腹が立つことが多いです。

原作は全く知りませんが、映画は馬力が凄いと思いましたね。日本映画からはなかなか馬力を感じられないんですが。

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