映画評「まあだだよ」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
1993年日本映画 監督・黒澤明
ネタバレあり

黒澤明の第30作にして遺作は、作家・内田百閒と法政大学教授時代の教え子との30年近い交流を描いた伝記的ドラマである。

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法政大学退官から10年後の昭和18年、内田(松村達雄)は教え子たち(井川比佐志、所ジョージ、由井昌油樹、寺尾聰ら)を越したばかりの自宅に招いて宴を開く。その自宅も昭和20年に燃え尽き、焼け残った掘立小屋で妻(香川京子)と共に過ごす恩師の為に彼らが新しい家を建てた頃、百閒還暦の翌昭和24年【摩阿陀会】という誕生会が始まる。

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【摩阿陀会】は<まあだかい>と読み、「まだ死なないのか」と逆説的に恩師の長生きを願った、隠れんぼの掛声「まあだかい」の駄洒落。諧謔が好きで天真爛漫な恩師の精神を受け継いだ教え子たちのアイデアであり、それだけでもこの師弟たちの素晴らしい関係が解ろうというものだ。

彼らの三回の宴をハイライトに、百閒の人となりとこの稀有なまでに情の通った師弟関係を示すエピソードが次々とスケッチ的に綴られていき、17回目の【摩阿陀会】で倒れて家に運ばれた百閒が見る子供時代の隠れんぼの夢をもって映画は終わる。

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【世界の黒澤】とも【天皇】とも言われた巨匠の最後の場面であると思うだけでも感極まるわけだが、作品全体には精神状態が悪い時にでも観ればいい大人が児戯にふけるような場面の数々にうんざりしかねない印象もある。
 その一方で、馬肉を買う時に通りかかった馬に咎められたように思ったというお話は百閒らしい飄逸なエピソードだし、愛猫ノラがいなくなって大騒ぎするエピソードは飄々としているようで実は子供っぽい人情家の百閒を垣間見せて大変微笑ましい。

本作には御大らしい力みがなくなっている。それが良いとばかりは言い切れず、物足りない面があるというのが多くの黒澤ファンの本音ではなかろうか。僕も一応黒澤ファンであり、本作で「もういいよ」と言って貰いたくなかった。スカッとした快作で終って欲しかった。

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とにかく本作を以って黒澤作品全30作の映画評は一通り終り。代表作に限っていい加減なものしか書いていないので、また取り上げる機会もあるだろう。

「黒澤映画のレビューはこれで終わりですか」「まあだだよ」

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この記事へのコメント

蟷螂の斧
2020年09月20日 19:00
こんばんは。猪俣勝人先生の著作を読んで知ったのですが、松村達雄は法政大学時代は一貫してラグビー部に所属し、左ウィングで活躍したそうですね。文化系クラブのイメージの人でしたが。でもビールをグイグイ飲む場面を見ると体育会系の人だったんだなあと思いました。
彼が演じる大学教授。金や物に対する欲はあまりなく、教授らしくていいんじゃないですか?教授を支える奥さんも好感が持てます。

>東野英治郎以外には黄門さんはない

西村晃も水戸黄門に合ってました。

>艶のある色気が子供心にも良かった。

映画館で男性客にも女性客にも受けが良かったショーン・コネリー。

>今は違う図書館に行脚中。

見習いたいです。
オカピー
2020年09月21日 18:26
蟷螂の斧さん、こんにちは。

>松村達雄は法政大学時代は一貫してラグビー部に所属

おーっ、そうでしたか。
 調べてみたら、松村氏は1932年に法政の予科に入っていて、百閒は20年から34年に同大学に在職していますから、予科とはいえ、同じ大学に通っていたわけです。自分がその百閒を演じるのですから、感慨深かったことでしょう!

>映画館で男性客にも女性客にも受けが良かったショーン・コネリー。

まあ、人気シリーズの後続俳優はつらいものがありますよね。絶対に不可能だったのは、松村氏も二代目おっちゃんを演じた「男はつらいよ」の寅さん。これは渥美清以外は無理。何故なら渥美清が寅さんなのだから。

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    Excerpt: 中~後期の作品。  Weblog: Akira's VOICE racked: 2009-05-27 10:57