映画評「デルス・ウザーラ」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1975年ソ連映画 監督・黒澤明
ネタバレあり

黒澤明第25作はウラジミール・アルセーニェフの探検記を原作とした力作だが、日本人として誠に恥ずかしいことに、ソ連映画である。映画の不況期を迎え、国内に黒澤の完全主義に付き合える製作会社がなくなったのだ。1965年以降10年間で「赤ひげ」を含めて3本しか発表できなかったのは世界の映画界にとって大きな損失だった。

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1902年、沿海州ウスリー地区に地誌調査に訪れたアルセーニェフ(ユーリー・ソローミン)を隊長とする調査隊が、シベリア少数民族ゴリド人と称する漁師デルス・ウザーラ(マキシム・ムンズク)と知り合い、翌日から地区の案内を頼む。妻子を失ってから一人山野を生き抜いてきたデルスは既に老人の域に入っていたが動きは敏捷で、揺れる糸に銃弾を撃ち込むほどの射撃名人。生き物、自然現象、全てを人と称するその様を一行は嘲笑するが、やがて彼独自の世界観とサバイバル術により命を救われ、特にアルセーニェフは彼の言動に一目を置くことになる。

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彼らは5年後に再会して再び調査を進めるが、この二回の調査模様の中で断然素晴らしいのは、吹雪により帰る道が解らなくなった荒野でデルスの機転により草が刈り集められる場面。デルスのすばしっこさと的確な動きに、一緒に働く隊長ならずとも感嘆するしかない。その姿は美しいとさえ言っても良い。もう一つ、激流からデルスが救出される場面も力強く見事。

しかし、さすがのデルスも寄る年波には勝てず目が悪くなり、ハバロフスクのアルセーニェフの家に引き取られることになるが、空に発砲することも木を切ることもままならぬ街の生活に息苦しくなり結局山に帰る。

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本作のテーマはエコロジー。「地球に優しい」といった人間中心のエゴイスティックなエコロジーではなく、生態学という本来の意味でのエコロジーである。デルスが全ての現象を人と称し相手に敬意を表して対話をするのは、人も自然の一部であると理解して生きる姿に他ならない。そうした自然人は文明のルールに縛られては生きられないことを示した挙句、隊長の贈った新式猟銃が仇となって欲に駆られた文明人により殺されてしまうという皮肉を以って終わる。

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中井朝一とロシア人カメラマン二名の捉えた自然がスケール感満点、その中で繰り広げられる人間劇が格調高い。若い頃はむきになって説教するような調子だった黒澤ヒューマニズム節が「赤ひげ」辺りから達観的になってきたようが気がするし、それに応ずるように作劇上のくどさも減じ、素直に観られるという意味では代表作の多い40~50年代の作品より好ましいくらい。黒澤カラー作品のベストという意見もむべなるかな。

ツングース系の典型的風貌を持つマキシム・ムンズクの野趣溢れる魅力も絶大。

ロシア人の作ったものよりロシア的な黒澤映画でした。

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この記事へのコメント

2008年12月11日 15:18
大自然のご機嫌を伺いながら
人間は本来地球上にひっそり
暮らすべきなんだと、こういう
作品を観ると再認識しますね。
自然を“手ごめ”(←古っ)にしよう
なんぞと不遜な考えにのっとって
えらそーにゴリ押しして歴史を
作っちゃたもんだから、今は
ホレ見たことか、になっちゃった。
(--)^^

大好きな映画です
黒澤さんのフトコロの深さと
映画らしい映画をまたBS放映で
堪能させていただきました。

プロフェッサーは今回、初見ですか?
トムさんが元気なコメントを下さって
いる3年前の記事持参しました。
トムさんもシュエットさんも
ちょいと音沙汰なしね~。
2008年12月11日 22:03
横レスすみません。
親愛なる姐様、わたしは元気です。記事更新・コメントは滞っていますが、みなさんの新記事にはひととおり眼を通してます・・ですよ。
仕事忙しくて、参ってます・・ものですから・・・。

さて、「デルス・ウザーラ」ですが、オカピーさんの8点に賛成!黒澤作品としては、異質ですけれど、やはり黒澤らしさが際立ってもいますよね。
やはり、徹底したヒューマニズムの表現からでしょうか?映像美というより、テーマもストーリーも含めて映画そのもの美しさが発露していると感じます。
「どですかでん」がソ連で認められたことも・・・。
シネマテーク・フランセーズのアンリ・ラングロワから「イワン雷帝」第二部のパートカラーの鑑賞を勧められたことからカラー映像の制作動機になったことも・・・。
黒澤は、ロシア映画と深く関わっていたともいえそうです。
「デルス・ウザーラ」は、黒澤自身が最も苦労した作品だそうです。「デルス」のことを思い出せば、どんなことだってできると述懐していたそうです。
では、また。
オカピー
2008年12月12日 02:28
viva jijiさん、こんばんは。

>プロフェッサーは今回、初見ですか?
んなことはないです。
15年前に「まあだだよ」を観て黒澤は完全制覇しました。ただ、「赤ひげ」以降の作品は「影武者」と「乱」を除いて一回観ただけなので、静かにすることにしていました。^^

>大自然のご機嫌を伺いながら
>人間は本来地球上にひっそり
>暮らすべきなんだと
人間も自然の一部なんですよね。
本作などは人間劇になっていますが、宮崎駿はその辺りをもっと明確なテーマとして取り上げた最初の人かもしれませんね。
だから、究極的には、地球がダメになるならダメになっても仕方がない、というところまで行きつく場合もある・・・

僕は小学校の昔からコツコツと環境を考えていた人間ですから、90年代に世間が騒ぎ出した時「遅いなあ」と呆れましたよ。

>トムさんもシュエットさんも
トムさんは仕事と解っていますが、シュエットさんはちょっと心配だなあ。コメントバックもされないとは・・・
オカピー
2008年12月12日 02:45
トムさん、こんばんは。

>オカピーさんの8点に賛成!
感銘度から言えば、本当はもう1点追加と行きたい気分ですが。
好きか嫌いかと言えば、姐さん同様、かなり好きな黒澤作品で、9点作品より上にしても良いと思っています。

>映画そのもの美しさ
仰っている意味とは違うかもしれませんが、僕は動きに美しさを感じます。精神的な(静の)部分に裏打ちされ同時に対比される動的部分のダイナミズムが素晴らしかったなあ。

>「どですかでん」がソ連で認められた
やはり「どん底」的だからなのでしょうかねえ。

>「デルス・ウザーラ」は、黒澤自身が最も苦労した作品
フィルムのレベルが低くて撮影後に不具合が出ることが相当あったそうですね。
完成品でもソ連製らしい緑がかった発色は余り感心できません。これがロシア的な味を味を出すこともままあって一概に悪いとは言えないのですが。撮り込んだ映像からもそれがはっきり伺えますよね。画像編集ソフトで色調整しようと思っちゃいましたよ(笑)。
2008年12月14日 16:39
オカピーさん、こんばんは。
最近知ったのですが、アラン・ドロンの黒澤作品出演の企画があったそうです。
三船プロの招待での77年の来日のときも、その話が出ていたそうですよ。実現すれば、「ラスト・サムライ」どころの作品じゃなかったんではないでしょうか?
題名は「ブルー・アイ(青い眼のサムライ)」だったそうです。ストーリー・プロットも決まっていて、黒沢は主演にスティーブ・マックイーンを想定して原案を練っていたそうですが、自殺未遂事件でオクラとなった企画だったそうです。
「レッド・サン」で共演したり、ダーバンCMの企画をしていた三船と交友関係にあったドロンが乗り気になり、再浮上して撮る予定となっていったんですって。
ドロンは、漂着難民した異人の側室との間に生まれた混血の武将の役で、黒澤は最後の合戦の討ち死にのシークエンスにベートーベンの「シンフォニー第7番」を使いたいとまで言っていたそうです。
ドロンも乗り気で三船と共演でも単独の出演でもいいと言っていたそうですよ。
結局その企画は「影武者」という形になってしっまったのでしょうけれど、実現してほしかったですね。
では、また。
オカピー
2008年12月15日 01:37
トムさん、こんばんは。

おおっ、凄い企画ですね。
黒澤御大の監督作品なら、「ラスト・サムライ」とは比較にならんでしょう。白人が作った時代劇(明治初期も一応時代劇ですよね、^^)としてはあの作品はかなり評価しておりますが。

日本には先に「眠狂四郎」シリーズがありますが、その企画が実現していれば本当の異国俳優による混血児ですから面白かったでしょうね。
難はドロンがきちんとした日本語を喋ることができないことだったかもしれません。吹き替えという手もありますが、天下のドロンを使って吹き替えというのもなんですし。

しかし、何だかんだ言っても、三船の共演で是非観たかったなあ。

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  • デルス・ウザーラ

    Excerpt: ひとが、ワイワイ持てはやす・・・そばで 必ず・・・一度は疑ってみる癖がある。 世界の黒澤作品も“モロテ”を 挙げて・・・と、まではいかない。 晩年(「乱」あたりから)は、特にいただけない。 .. Weblog: 映画と暮らす、日々に暮らす。 racked: 2008-12-11 15:04