映画評「シッコ」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2007年アメリカ映画 監督マイケル・ムーア
ネタバレあり

マイケル・ムーアはドキュメンタリー映画の歴史を変えたと思う。従来公開されていた純娯楽的なインチキ臭いドキュメンタリーと違い、扱う大真面目な素材の本質を変えることなく切り口だけを娯楽的に変容させたのである。

今回は今までと違ってキナ臭い題材ではなく、アメリカの医療保険システムを取り上げている。

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全人口3億人のアメリカには5000万人ほどが貧困や体格、既往歴により健康保険に加入していない。仕事で中指と薬指を落とした労働者は保険に入っていない為に結合手術で12000ドルの薬指か60000ドルの中指かという選択を迫られる。仕方なく安い薬指で手を打つ。
 この映画はそうした保険の非加入者の問題を扱うと思わせておいて、実は保険加入者にこそ悲劇が待っているのだ、と転換する話術の上手さにまずは感心。

何が悲劇なのか。アメリカ医療の中枢を保険会社が牛耳っていることである。彼らはとにかくお金を儲けることだけ目的に業務を行い、保険に加入しても可笑しな理屈をつけて手術を受けさせない。例えば、22歳の女性の場合「若すぎるからガンにはならない」と手術を拒まれている。手術ができても後から重箱の隅をつついて支払いを拒む。そんな出鱈目がまかり通るのは保険会社が政治家に大金を握らせ、有利な法律を作られせているからである。ニクソン大統領(下画像)にその端緒があるらしい。

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ムーアは上記女性がカナダへ治療に行くことから外国の医療保険に目を向ける。カナダ、英国、フランスでは医療は基本的に無料であると知ってムーアは腰を抜かす(ふりをする)。英国では低所得者に通院費が出、医者の収入も十分である。

方やアメリカでは入院費を出せない患者を街に放り出す。夢に溢れる国であるはずのアメリカの医療保険システムがここまでひどいとは夢にだに思っていなかった。恐らく当のアメリカ人でさえある程度以上の治療を受けていない人は知らないであろう。そこに本作が作られた価値を見出すことができる。
 本作について雑誌記事で十分ではないかと言う人がいるが、関心がなければ文字では誰も読まないのが実際である。ムーアの行動をスタンドプレイだの、自ら批判するマスメディア的であると批判する人は、注目を集めてより多くの人に見せることができなければ意味のないことをムーアが熟知していることに気付いていない。一方、批判する人も言わばファンであるということすら彼は気付いている。

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最後に、ムーアは9・11被害者救出等に活躍しながら国家に見放された救命士などを“敵国”キューバに連れて行き、無料で治療を受けさせる。ここで言わばお得意の突撃取材ぶりが発揮されるわけだが、アメリカという国の歪んだ部分が最大限発揮されるのもこの部分である。
 問題の根底にはアメリカに住む人々の拝金主義が横たわり、それをバックアップするのが社会主義恐怖症を病むアメリカの国家性だ。彼らの目には平等は即ち社会主義であり、彼らの言う互助精神は空手形であるという図式が見えてくる。

翻って、フランスの関係者が自らのシステムが成立するのは「国が国民を恐れているから」という言葉は些か極端であると同時に解り易い。アメリカはその逆だが、フランスが国民を恐れるのは1789年の市民革命という否定しがたい大きな歴史があるからであろう。
 ムーアが英仏加の問題点を指摘しないのは、アメリカの問題を糾弾するという狙いをぼかしてしまうからである。

ユーモアを交えて相変わらず語り口が上手い。

日本の保険制度も段々あやしくなってきている。アメリカの二の舞にならないとも限りませんな。

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この記事へのコメント

2008年10月31日 21:21
こんにちは。
巨額なサブプライム問題含め、実際の運用資金の提供者は、年金基金や保険会社などの機関投資家ですからね。
このあたりが昔は慎重だったんですが、GSやリーマンと組んで、いけいけどんどんやったわけですな。
オカピー
2008年11月01日 02:26
kimion20002000さん、こんばんは。

ここ1か月で数年分の収入をぶっとばしてしまい「アメリカの馬鹿野郎」と怒りまくっていたところで、この作品を見まして、全く納得してしまったわけですよ。
アメリカの医療制度自体もとんでもないことになっていますが、我々の財産まで奪いますか。

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