映画評「夜顔」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2006年フランス=ポルトガル映画 監督マノエル・デ・オリヴェイラ
ネタバレあり

今年100歳になるマノエル・デ・オリヴェイラが98歳の時に発表した70分の中編ドラマで、単独で観ても大人っぽい雰囲気が味わえるが、ルイス・ブニュエルが1967年に作った「昼顔」の後日談として観た方が数段楽しめる。

「昼顔」から38年後、ユッソン(ミシェル・ピッコリ)がコンサート会場で未亡人となったセブリーヌ(ビュル・オジエ)を見かけ、彼女の出て行った酒場でホテルを聞き出し翌日会いに行くがまんまと逃げられる。その晩同じバーに行きバーテン(リカルド・トレパ)に38年前の友人夫婦即ちセブリーヌとその夫に起きたことを話すのだが、ここでオリヴェイラが繰り広げるヒロイン像の分析が興味深い。即ち、

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彼は夫を愛する為に娼婦になるが、それは彼女のマゾヒズムによるという。しかし、それは彼女の夫に対するサディズムを隠す手段なのだと言うのである。娼婦になるのは自己を貶めるマゾ的行為であるが、そこに夫を裏切るサド的快感がある、という意味なのであろう。僕はマゾヒズムはそもそも自己に対するサディズムであると考えているし、ちょっとした事情で対象が自己から他者に移ればSとMは簡単にひっくり返る。そういう見識を含めて実に面白い。

ユッソンは偶然街角で出会ったセブリーヌにホテル個室での夕食に誘う。彼が彼女の夫に真実を話したかどうか教えると言って釣ったのである(映画では音声聞こえず)が、結局彼は真相を言わない。怒った彼女は財布を忘れて部屋を出ていってしまう。

こうした台詞や設定を用意したことにより、全てがブルジョワ女性の幻想とも解釈できる「昼顔」に対してオリヴェイラがあの事件は現実であったのだと我々に示していると理解できる一方、彼女が去った後に突然鶏が現れるシュールな場面を見ると、ブニュエルさながらに本作全体がピッコリの幻想であると思わせる仕掛けが為されている。オリヴェイラもブニュエル同様に食えない意地悪爺さんですな(笑)。

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さらに、ユッソンに対して言われる「あの人は変わり者だ」という言葉や小道具が「昼顔」そのままに使われる個所もあるので、「昼顔」を事前に観ておくと楽しみが倍増するという仕組み。

とは言いつつ、単独でも観る人が観れば楽しめるだろうと思う。序盤のコンサート会場での一幕など些かゆったりしすぎているが、ドヴォルザークの「交響曲第八番」を繰り返し背景に流し昼と夜のパリの景色を随時挟んでの固定ショットの多用が風格満点、客室係が電気を落とし蝋燭を持ち去って部屋が暗くなる最後の一幕などを見ると正に上出来の一幕三場くらいの舞台劇を見せられた気分で余韻に満ちる。

ブニュエル作に引き続いてユッソンをピッコリが演ずるのは嬉しい。セブリーヌ役に体が大きくなって腰が重くなったらしい(笑)カトリーヌ・ドヌーヴが使えなかったのは残念だが、ブニュエルの72年作「ブルジョワジーの秘かな愉しみ」に出演したブリュ・オジエが扮しているのは欧州映画に通暁している映画ファンなら喜ぶ配役にちがいない。それを含めてブニュエルへのオマージュが花開いた異色作である。

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この記事へのコメント

シュエット
2008年11月06日 16:30
「夜顔」って何をいまさらって思ったけれど、観たら、さすがでしたね。
こういうのがオマージュっていうんだなって思いましたし、オリヴェイラ監督の映画に対する豊かさを感じました。こういう作品に粋だねぇって感じる文化性がきっと映画など見るときにいるんでしょうね。一度しか観てないんですけどカメラワークはとっても計算されているなって思いました。ピコリの味が極上。
>ちょっとした事情で対象が自己から他者に移ればSとMは簡単にひっくり返る。
同じようなことを私もP様の「昼顔」の返事に書いてます。
簡単にひっくり返るというか、女の場合って、案外と同時に両方を求めているところってあると思う。
昼顔みて夜顔セットで観たら案外と面白い。
ブニュエルもオリヴェイラも遊んでくれますねぇ!
「昼顔」のコメントもこちらにまとめますね。
オカピー
2008年11月07日 00:38
シュエットさん、こんばんは。

>オマージュ
今年98歳になるオリヴェイラとしては、同じイベリア半島出身のブニュエルにどこか共感するところがあったのでしょう。

>文化性
似たような設定や場面を見るとパクリと騒ぐ我が日本人は決して文化的民度が高いとは思えず、この作品の面白さが解るのはごく一部でしょうね。
なんて言うと、僕が高級な人間みたいですが(笑)。

>SとM
ウィキペディアの筆者は「SとMが表裏一体というのは俗説に過ぎない」と書いていますが、僕の考えはちょっと違って、MはSの変種であるという立場である。従って、MはSにもなれるが、SはMになりにくい。
どうです、オカピー説は?(笑)

オリヴェイラがこんな愉快な爺さんとは思いませんでした。
シュエット
2008年11月07日 16:10
>どうです、オカピー説は?
うん、うん、そう思う。
女性は潜在的にM的要素は強いと思う。女性は同時に求めるって書いたのは、まさに言われるように「MはSの変種であるという立場」なんだよね。ただ、私もSMの倒錯した世界って縁がないのだけれど、純粋Sってやはりいるのかな? 潜在的に人間ってS的要素とM的要素って持っていると思うんだけど。まあ、こんな話は深入りしないに越したことないからこの辺で。
ブニュエルもイベリア半島出身だったんだ!

オカピー
2008年11月08日 00:08
シュエットさん、こんばんは。

>オカピー説
ご同意戴き有難うございます(笑)。

>純粋Sってやはりいるのかな?
いるでしょう。
いや、道徳の問題とも密接に絡むから、どうかな。
例えば、虫を平気で殺せるのは単に慈悲の心がないだけであって、Sとは関係ない行為かもしれないし。

>潜在的に人間ってS的要素とM的要素って持っていると思う
MはSの変種であるとするオカピー説に拠っても、そういうことになりまする。
深入りしないに越したことないです。^^

>イベリア半島出身
そうですよ。スペインですからね。8歳年上ですね、ブニュエルが。

それから、昨日のコメントは「当時98歳だったオリヴェイラ」と正解でした。^^;

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